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禍話リライト「作られた幽霊」

第1話 あるクリーニング店で



 小学生のときにWさんが住んでいた団地には、クリーニング屋があった。
 民家の敷地内の、車2台分ほどのスペースに建てられたプレハブで、家族だけで営まれている小さな店だ。
 Wさんは、よくお使いでその店に行っていたのだという。

 ある日の夕方だった。

 Wさんはお母さんから、そのクリーニング店にスーツを取りに行くよう頼まれた。そろそろお店が閉まる、ぎりぎりの時間だった。

 急いで向かうと、まだ店内には明かりがついている。 
 よかった、まだやってた、とWさんは胸をなで下ろし、ガラガラガラ……と引き戸を開けて中に入った。

 目の前にあるカウンターには誰もいない。小さな店なので、店の人がいないことはよくあった。いつものように、店の人を呼び出すベルに手を伸ばそうとした。が、ベルが見当たらない。
 
 あれ? なんでないんだろう、そうWさんが訝しんだときだった。
 ガラス戸を開ける音で気がついたのか、
「あー、すみませんねーお待たせしちゃって」
と、カウンター奥の裏口から店の人が出てきた。

 Wさんは少し面食らった。というのも、その人のことを、彼は全く見たことがなかったのだ。
 彼はしょっちゅうこの店に来ているので、お店で応対してくれる人の顔は覚えていた。いつもは店主のおばちゃんか、時々おじちゃん、あとは大学生くらいの息子さんの3人で回しているはずだった。

 しかし、目の前にいるのは全然知らないお兄さんだ。
 Wさんがおそるおそる引き渡し券を見せると、お兄さんは手慣れた感じでてきぱきと、預けていたスーツを出してくれる。

(今まで会ったことないだけで、家族の他の人かバイトの人かな? まぁ、ちゃんとした店の人っぽいな)

 そう思いつつスーツを受け取ったWさんは、何気なく聞いてみた。
 
「あのー、呼び出し用のベル、なくなってますけど」

「ああ、もういらなくなったんですよ。鳴らしても聞く者がいなくなったので」
 
(『いらなくなったんですよ』? 別にお店をやめちゃうわけじゃなさそうだし……。変なこと言うな……)

 釈然としないままだったが、Wさんは帰ろうとした。

 入り口の方に振り向くと、閉めたガラス戸の外に、知らない女の人が立っていた。

 反転した「クリーニング○○」の文字の向こうから、こちらをじっと見ている。

(なんであの人こっち見てるんだろう……)

 その人は、手に提げている紙袋からガムテープを取りだし、ビー、ビッとちぎってガラス戸の外側に貼りだした。

 台風前の窓ガラスのような「米」の字にするわけでもなく、中途半端に切っては、てんでばらばらに貼っている。

(えっ、気持ち悪……)

 普通、店の前で人がそんなことをしていたら、店の人が止めるはずだ。それなのに、店のお兄さんは腕を組んでただ見ているだけで、全く止めようとしない。

(ひょっとして、自分が子どもだから知らないだけで、意味のある行動なのかな。でもどう見ても貼り方が意味不明だしな……)

 そう思ったWさんは、
「あのさお兄ちゃん、あれ変だよ……」
と、外の女の人を見たまま、背後のお兄さんに言った、そのときだった。

  ビー、ビッ
 
 背後からも、ガムテープを切って貼る音がする。

(えっ?)

 Wさんは振り返った。
 今度はお兄さんが、カウンターの奥、自分が入ってきた裏口にガムテープを貼りはじめている。やはり滅茶苦茶な貼り方だ。

 お兄さんは、作業の手を休めないまま、いたって普通の口調でこう言ってきた。

「いやね、ボクはね、まだ小さいからわからないだろうけどね。
 本当に変なことって、それが起きたあと、しばらくたってから気づくものなんだよ。
 だからこれは変なことじゃないんだ。

(何言ってんだこの人?!)

 Wさんは、カウンターの向こうにいるお兄さんから目を離せないまま固まっていた。
 すると、すぐ真後ろ、入り口側から
 
  ビー、ビッ 
 
と音が聞こえた。
 
 入り口のガラス戸が開いた音はしていない。
 なのに、明らかに誰かが店の中で、内側からガラス戸にガムテープを貼っている。
  
 

 Wさんにはそこから記憶がない。気を失ってしまったようだ。 

 はっと気がついたら、Wさんはパジャマに着替えさせられて、自宅のリビングに敷かれた布団に寝ていた。目を開けると、家族や医者までもが不安そうな顔で見守っている。

「あー、目ぇ覚ました! 大丈夫だ、よかったよかった」

 Wさんは全身に汗をびっしょりかいていた。どうやら熱が出ているらしい。

 安堵する家族に混じって、お巡りさんまで来ている。お巡りさんはお父さんと話していて、そこだけピリピリとした雰囲気だ。

「あのさ、俺、クリーニング屋さんにいたはずなんだけど、どうしちゃったのかな? 記憶がないんだけど……」 

 Wさんが家族に聞いても、「その話はするな。やめとけ」と強い口調で止められてしまった。

 
 2、3日もすると、Wさんの熱は治まった。 

 家族からは固く禁じられていたが、Wさんはあのクリーニング屋に行ってみた。
 しかし、あの店があった家ごと、全体がブルーシートですっぽりと覆われていて、何があったかをうかがい知ることさえできなかったという。

 それから少しして、Wさん一家は引っ越したそうだ。
 Wさんはてっきりお父さんが転勤するのかと思ったが、引っ越し先は今まで住んでいた団地のすぐ近くだった。とにかく団地を出たいがための引っ越しだったのだろう。 

 小学校もそれまでと同じところのままだった。
 友達に話を聞いてみても、大人たちが何も話してくれないため、事件の詳細を知っている者はいなかったそうだ。

 いまだにWさんには、その時何があったのかは分からない、という。


第2話 あるサークルで


 今から10年ほど前、Uさんは大学のいわゆる “飲みサークル” で部長をやっていたという。
 そのサークルは歴史がそれなりに長かった。Uさんの代には、歴代の部員が持ってきた不要品が、部室にかなりたまっていたのだそうだ。

 Uさんは、飲みサーの部長にしては真面目な性格だった。
 あるとき、「今度の土曜、みんなで掃除をしよう」と招集をかけて、来てくれた5人ほどと一緒に部室の片付けをしたことがあった。

 皆で不要品を運び出していると、ある後輩が、
「なんかアルバム見つけましたよ」
と見せにきた。

 見れば、アルバムとは言っても、写真屋さんが現像したものを渡すときにとりあえず入れるような、ごく薄いものだった。

 経年劣化で貼り付いているページを開くと、最初の方に風景写真みたいなものが3枚ほど入っている。

「これ、絶対関係ないもんだよ。捨てちゃえ捨てちゃえ!」

 そう言うUさんを無視して写真を取り出した後輩が、
「うわ! 怖! 心霊写真だ!」
と大声をあげた。

「なに? 心霊写真?」
 Uさんたちがもう一度見てみると、素人目でも明らかに合成だと分かるような心霊写真だった。風景写真に人物の画像が貼り付けられているのだが、その画像の縁取りに失敗していて、かなり雑な仕上がりだ。

 背景は廃墟だったが、はめ込まれているのは高校生くらいの女の子の普通の写真で、まったく幽霊のようには見えない。

「なにこれ、貼りつけただけじゃん。こういうのを雑コラって言うんだよ」
 などと他の奴とも笑いながら次の写真を見ると、背景の場所は違うものの、さっきと同じ女の子の画像がはめ込まれている。

 1枚目の背景はどこかの廃墟の屋上のようだったが、2枚目は沼、3枚目は踏切で撮られていた。
 背景のおかげで雰囲気はあるが、どれもかなり加工が雑だ。

「なんだ、ネタコラかよ~。オバケのとこが全部同じ素材ってさ……」
「まあ、なんかの冗談で作ったんだろうね。この幽霊にされてる子、大学生には見えないし、妹さんとか使ったんじゃない? ひどいもんだね~」

 そんな騒ぎもあったが、無事に掃除は終わったそうだ。

 ちょうどそのタイミングで先輩が差し入れを持って顔を出してくれたので、Uさんはその心霊写真もどきを見せてみたのだという。

「こんなのが奥にあったんですよ~。先輩知りません?」
「いやいや、知らないな。サークルじゃホラーネタとかやったことないけどな……。
 あれ? でもこの3枚目の踏切、俺知ってるよ。この踏切、まじで事故が起きて人が死んでる」
「え、そうなんですか」
「そうそう。車が踏切に入ったまま出られなくなってさ、電車とぶつかっちゃって、老夫婦が亡くなってるんだよ。近所でも有名なおしどり夫婦だったからさ、今でも花が供えられたりしてるとこだよ。
 えー、でもそんな有名なとこの写真なんて不謹慎だよね……」

 そう言いながら、先輩は何気ない様子で裏表紙を開いた。
 
「おい、なんか書いてあるぞ」
 
 片付けの最中は最初の数ページしか見なかったが、確かに裏表紙をめくったところに、

 『おかげさまで目的を達成できました

という文言が、イニシャルとともに書かれていた。

 どうやらネタやドッキリのために作られた写真ではないらしい。

 気味が悪くなった一同は、その写真を他のゴミと一緒に捨てたそうだ。



 それだけならただの気持ちの悪い体験で済んだが、その次の月曜日のことだった。
 
 Uさんたちは、大学側から呼び出されたのだという。
 
 飲みサーだけあってバカな部員もいたため、(誰かやばいことやっちゃったのかな……)とヒヤヒヤしながら聞きに行ったが、どうも話は違うようだった。

「そちらのサークルに、変なストーカーにつきまとわれてる人、いませんか? ほら、かわいい子とかイケメンとか多いから……」
「え、どういうことですか?」
「いや、警備員さんが教えてくれたんですけど、サークル棟の外の監視カメラに、変な女の子が映ってたんです。
 ずっと立ったまま、下から建物を見上げてるんですけど、見ている先があなたたちのサークルの部室にあたるので……。
 それが夜中だったもんで、どうもおかしいって警備員の方が駆けつけてくれたんですけど、そのときはもういなかったそうです。
 こんな感じの人なんですけどね、」

 そう言って、職員の人が監視カメラの画像をプリントアウトしたものを見せてきた。

 そこに映されていたのは、どう見てもあの心霊写真もどきの素材に使われていた女の子だった。

 そんなことは知らない職員の人は、
「この子、学生さんかな……、1年生かな? もっと若いようにも見えるけどねえ」
などと言ってくる。


 怯えてしまったUさんたちは、すぐに部室を別のところに替えたという。

 しかしその後も、何も知らない新入生が
「この間の飲み会の後、変な高校生くらいの女の子についてこられたんですけど、なんだったんですかね?」
と言ってきたりと、変なことがちょくちょく起きた。
 
 そうはいっても、ものすごい害があるというわけではないから、みな素知らぬふりをしていたそうだ。

 それから何年も経って、そのサークルは名前も活動場所も全く違うものになっているが、いまだに変なことは起こりつづけている、という。


第3話 作られた幽霊


 Uさんはその後社会人になって、しばらく大学からは離れていた。

 しかし最近、サークル結成何十周年かの記念で、少し大きな規模の集まりがあったそうだ。
 久しぶりに大学に行って出席したところ、Uさんよりも年長のOBの人──仮にSさんとする──と話をすることがあったのだという。
 
 Uさんは、たまたま当時の知り合いから、まだそのサークルで変なことが起きているらしい、ということを聞いたばかりだった。
 そこで、軽い気持ちでその心霊写真もどきのことをSさんに話してみたそうだ。

 すると、Sさんからはこんな反応が返ってきた。

「えっ、まじで? そのアルバムに書いてあったイニシャルって、まだ覚えてる?」

 Uさんの記憶に残っていたイニシャルを伝えると、
「ああー、やっぱり。○○○○だ。」
とSさんはイニシャル通りのフルネームを口にする。

「あのー、知ってる方なんですか?」 
 そう尋ねると、 
「うん……、まあ、あんまりこういう楽しい場で話すのはなんだから……」
と話を濁される。
 Uさんは日を改めて、場所を変えて話を聞くことになったという。
 

 Uさんは怖かったため、まだ付き合いのあったサークルの後輩を2人連れて、話を聞きにいったそうだ。
 
 Sさんと約束したのは、少し照明を暗く落とした喫茶店だった。
 雰囲気たっぷりな中、Sさんはこんな話を始めたという。

 ◆ ◆ ◆
 
 Sさんがそのサークルに在籍していたころ、後輩にI君という男性がいた。
 I君には高校生の妹さんがいたのだが、彼が大学在学中に亡くなってしまったのだそうだ。

 そのことがあってからというものの、I君はあまりドライブには行きたがらない人だったのにもかかわらず、「○○に連れていってください」とドライブ好きの先輩に頼むことが多くなった。

 連れていった先輩の話では、I君は行った先でパシャパシャと写真を撮っているのだという。
 
 Sさんも撮った写真を見せてもらったが、人物は写さず、風景だけ撮っているようだ。
 
(妹さん亡くなって落ち込んでたけど、新しい趣味を見つけたのかな)
 
 と思っていたが、その割にはちょっと薄気味悪いところで撮っているのが気になった。

 あるときふと、なんで写真を撮り始めたのか、I君に聞いてみたのだそうだ。

 すると、
「妹が、心霊とか好きだったんですよね。自分は興味なかったんですけど」
とI君が話し出した。
 
(んん? それがなんで写真につながるんだ?)
 Sさんは疑問を持ったが、そこでは突っ込まずに、とりあえず続きを聞くことにした。

「いやー、妹とは本当に仲良くて。変な話だけど、出てきてくんないかな、会いたいな、て思ってたんですけど、出てきてくれないんですよね……」

「そりゃ、なかなか会いたいからって会えるもんでも……」

「で、妹が心霊好きだったから、あちこち見て回ってるのかなって思うじゃないですか。
 それでこの辺の有名な心霊スポットとかネットで調べて、そこ行って妹がいないかな~って見てみるんですけど、いないんですよね」

 Sさんは、
(死んだ妹さんが、心霊スポットにいると思って行ってるの? 気持ち悪いこと言うな……)
とは感じたが、精神的に相当参ってるのだろうと思い、そっとしておいたそうだ。

 それからしばらく経った頃、I君の雰囲気がちょっと明るくなったのだという。

 危ない趣味はやめて、ちょっと吹っ切れたのかな、と思いきや、I君はちょくちょく「写真に変な光が映りこむようになった」と言うようになったのだ。

「いい兆しだ、いい兆しだ。俺はそろそろ妹に会えるかも」
 
と口にしながら、サークルの皆に撮った写真を見せてくる。

 皆もI君のことが気の毒になって、「そうだね」と話を聞いてあげていたという。

 
 その後、しばらくI君は大学に姿を見せなくなってしまった。
 皆で心配していたが、ある飲み会のときにいつものようにI君が顔を出した。また写真を見てくれと言ってきたが、その日の写真は普段と違っていた。

 廃墟の写真の上に、画像加工をして妹さんの写真を貼っているのだ。
 
「うぇっ、何してんの?」

 さすがに我慢できずSさんがそう聞いてみると、

「これね、貼る前のところに、変な光というか、オバケが映ってるんですよ。その上に妹の写真を貼れば、人工幽霊みたいになって、そのうち本当に妹が来てくれるんじゃないかなって」
と話し出した。

「怖いわその発想……。お前そんなことしてんの? 大学にも来ないでさ……」

「いやー、結構難しくて……」

「ええ……。お前、それはあんまりよくないよ」
 Sさんはやんわりと忠告したが、

「いや、こうすれば強化されると思うんです。今まで一方通行だったのが、相互通行になるっていうか」

とI君はかなり怖いことを言ってくる。

 SさんはI君の異様さに気圧されて、
「うん……、そっか……。まあでも、そのうち分かるんじゃない?」
 とその場は終わらせてしまった。
 


 それから数週間ほど経ったころ。サークルの飲み会に、I君が来なかったのだという。
 
 Sさんが電話してみると、I君は電話口で
『すいません、いまちょっと立て込んでるんですよー』
 と言う。
 
「あーそうなの? もう結構遅いのに……」
 
 その時は、すでに夜の9時か10時を回っていた。

『いやーあのねー、どっかで間違ったんですよね』
 
「は?」

『たぶんね、ここかな?って場所はあるんですよ。あー、でもあそこだったのかな? あーでもね、あそこで角度を替えれば良かったんだけどね、そのままやっちゃったからね、これは俺のせいです。ぜんぶ俺のせい。妹は悪くない

「ええ……、何言ってんの……?」

 そこで気づいたが、電話に出ているI君の後ろが、やけに騒がしい。すごい人混みの中から電話に出ているようだ。

「お前さ、お前んちって、お父さんとお母さんとお前だけだろ? 今人がいっぱいいんの?」

  I君はそれについては答えてくれない。

『いやーどうもね、先輩。
 俺、重ねちゃいけないものに、妹を重ねちゃったみたいなんですよね。笑

とだけ言って、電話は切られた。


 ◆ ◆ ◆ 
 
「……それで、その後、I君は亡くなっちゃったんだ。詳しくは分からないけど、常軌を逸した亡くなり方だったらしい。
 I君の家は、お母さんがちょっとでも家計の足しになればって、庭でクリーニング屋をやってたんだけど、その家でなにかあったみたいなんだ。
 俺もその電話の後、用事があるのに電話がつながらないから家まで行ったんだけど……。家全体がブルーシートでくるんであってさ……。普通、そんなことしないよな……」

「ええー……、まじですか……」
 
 Uさんと2人の後輩は、まさかこんな怖い話をされるとは思わず、にわかには受け止められなかったという。

「俺も周りで聞いてみたら、そのクリーニング店に行った子どもがひどい目にあってるとかで、タブーみたいな扱いになってるんだけど、そいつが死んだっていうのは間違いないんだ」

  Sさんの話は、そう締めくくられた。

 Uさんは、軽い気持ちでSさんにあの話を振ったことを後悔しながら帰路に就いた。
 


 その夜。
 この話を聞いたUさんと後輩は、3人とも同じ夢を見たという。
 こんな内容だったそうだ。
 

 夢の中で気がつくと、知らない家の2階にいる。

 あれ? と思っていると、その家のすぐ外に、各々の一番親しい人──ここは夢を見た人によって、親友だったり彼女だったりと違うのだそうだ──がいるようで、「早く出てこい」というメールが来る。
 けれど当人は出られない事情があるらしく、「いや、まだいるわ」と返事をして、部屋から出ないのだという。
 
 すると、
絶対に出てこい! この家おかしいよ! 家の四隅に何か祀ってる。入っちゃいけない家にお前は入ってるんだよ
という内容のメールが返される。

 そこまで言われたら出ようかな。そう思って襖を開け、階段を降りようとする。
 
 と、降りた先にある暗い玄関の、右側の壁の壁紙がペロンと剥がれているのが目についた。
 めくれた壁紙は下の方にクルクル丸まっている。
 
 見た瞬間、なぜか体がそれを避けて後ろに跳んだ。

 俺、なんで今跳びのいたんだ? と思いつつもう一度見ると、剥がれて丸まった壁紙だと思っていたものは、座り込んだ女の子だった。

 夢の中では、そいつが壁からペラペラのまま出てきて、膨らんで人間の形になったんだと認識した。

 慌てて部屋に逃げ戻ると、外にいる奴からまたメールが来た。

絶対やばい、早く出てこい。逃げろ、2階の窓から逃げろ
 
「いや、助けに来てよ」
とこちらもメールすると、 

「ごめん入れない。ここ、電気来てないはずなんだけど、いま1階の部屋の台所のあたりに電気がついたのが見えたから、俺は入れない。
 お前、玄関から出るのは危ないから、2階から出ろ」

と返ってきた。

 ええ……、と戸惑っていると、階下から

  ジャー、キュッキュッ

と水道を出す音がした。

 すると、パタンと冷蔵庫を開け閉めしたり、パリン、ガシャンと何かが割れる音もする。

 かと思うと、

  フンフフンフフン

ちょっと昔に流行った歌謡曲を口ずさむ、若い女の子の歌声が聞こえてきた。

 
 逃げなきゃ、と必死に窓を開けようとするが、どうしても開かない。階段から飛び出すしかない。

 決死の覚悟で階段を走り降りた、その場所に、お盆を持った女の子が台所から出てきた。

 なぜか女の子の顔はこちらを向いておらず、首が真後ろの台所の方にギュンッと曲がっている。

 うわっ、とその場に固まっていると、女の子は割れて中身がこぼれているコップをお盆にのせて、あたかもお客さまに出すかのように運んでくる。

 近づいてくるにしたがい、お盆にひび割れた皿ものせられていて、腐ってとても食べられないようなものがよそわれているのが見えた。

 女の子はそれらをお盆ごとこちらにグーと寄せて、
 
お口にあいますかどうか、わかりませんけれども

と言ってきた。


 
 その瞬間、3人が3人とも、
 
「うわー!」
 
と叫び声を上げて飛び起きたのだという。


 そのうちの一人に至っては、同居する兄弟からこう言われたそうだ。

「お前昨日うるさかったな。寝言でなんか口ずさんでたけど、何年前の曲だよ」



 それからUさんの身には怖いことは起きていないのだそうだが、ひとつ、気になることがあったのだという。

 Uさんはつい最近、衣替えで冬服を出したのだが、クリーニングのタグがいくつかつけっぱなしのままだった。

 その中に、知らない地名のタグがあったのだそうだ。
 
 ひょっとしたら、実家の方でクリーニングに出していて、知らない店に預けただけなのかもしれない。
 けれど、もしそうではなかったら嫌なので、確かめずにその服ごと捨ててしまった、という。


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著作権フリーの怖い話をするツイキャス、「禍話」さんの過去放送話から、加筆・再構成して文章化させていただきました。一部表現を改めた箇所があります。ご容赦ください。イニシャル表記などはすべて仮名です。


第1話: ザ・禍話 第二十八夜より、「ガムテープの店」(24:50ごろから)

第2話・第3話:ザ・禍話 第二十八夜より、「作られた幽霊」(40:40ごろから)


▼「禍話」さんのツイキャス 過去の放送回はこちら
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▼有志の方が過去配信分のタイトル等をまとめてくださっているページ
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