小山田圭吾「いじめ」バッシング問題 1.考えるための準備体操
はじめまして。タカムラです。
ちょっとした理由があって、noteをはじめることにしました。
わたしは現在、パートナーと暮らしています。わたしは音楽を聴くのがとても好きで、そのことについて書いていきたいと思います。でもわたしの愛する人はわたしをからかうことが好きなので、このnoteはバレないよう、こっそり書き進めていこうと思っています。
いま、「そうか、タカムラのパートナーは、タカムラをからかうのが好きなのか」と思われましたか?(加えて、ちょっと「キモっ」とも。)そう思うのは自然なことです。でも、おちついて考えれば、その思いにちゃんとした根拠はないことがわかります。
わたしは「パートナー」について、そして「わたしの愛する人」について書きました。この二つを並べると、ごく自然に、この二つをイコールで結んでしまいます。けれども、わたしとパートナーの仲は冷え切っていて、わたしは自分をからかうのが好きな恋人と人生をやり直そうとしているのだとしたらどうでしょう。
(実際には、そんなことはありません。いまのところ離婚する予定はありません。)
わたしが上で書いたことはどちらも事実です。でも、そこから「タカムラのパートナーはタカムラをからかうのが好きだ」と結論することはできないのです。そう結論するのは、どれほど自然なことだとしても、論理的には正しくありません。
わたしは、自分のパートナーがわたしのことをからかうのが好きなことが事実だと知っています。しかし、上の二つの文しか手がかりを持たない人がそれを事実だと考えることは、軽率なのです。
これとおなじような軽率な考えのために、大勢の人からバッシングを受けている人がいます。コーネリアスというユニット名で音楽活動をされている、小山田圭吾さんです。
これから何回かに分けて、小山田さんが受けたバッシングについて、わたしが思ったことを書いていくことにします。
わたしは、彼の音楽が大好きです。
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