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備忘録:ヤツメウナギの発生様式に関する仮説とアンモシーテス幼生の迷走

ドナルド・ウィリアムソン博士は生前、自身の幼生転移仮説を脊椎動物にまで拡張した。博士は、ヤツメウナギの祖先がナメクジウオの祖先と交雑してアンモシーテス幼生を獲得したのではないか、と考えたのだった。化石の証拠として、石炭紀のMayomyzonやデボン紀のPriscomyzonをあげ、アンモシーテス幼生と形と大きさが似ているとした。


ヤツメウナギの発生様式については、博士の死後、2018年にフランスとカナダの研究者らが、一つの仮説を提案した。これは「圧縮」仮説というものである。初期のヤツメウナギは幼生と稚体の中間に位置する体形であり、両者の特徴をもっていた。発生様式は変態を伴わない直接発生で、発生の進行と共に徐々に変化していく個体発生であった。しかし、ヘテロクロニックシフトなどが進化の過程で起こり、幼生および稚体に働く遺伝子の発現が変更し、最終的に、幼生の体形と稚体の体形は、個体発生の別々の時期に「圧縮されて」現れるようになった、というものである。

彼等は、この仮説を支持する知見として、2点あげている。

① ヘモグロビン:ヤツメウナギでは2種類の異なるヘモグロビンが発現する。また、ヤツメウナギの成体のヘモグロビンはヌタウナギと分岐後に多様化したという報告がある。

② 眼の発生:アンモシーテス幼生では眼の形態形成が未熟のまま途中でその過程を停止しているが、変態の時期になるとこの発生が再開され、高度な眼が完成される。


この仮説については今も証明は成されていないが、化石記録の解析などから、アンモシーテス幼生がヤツメウナギの原始的な幼生であったかどうかは、議論が成されている。

日本人研究者を第一著者とするアメリカ・カナダの研究チームがNature誌に2021年に発表した論文を紹介したい。これは、後期デボン紀のゴンドワナにいたとされる4属のヤツメウナギ(Hardisttella, Mayomyzon, Pipiscus, Priscomyzon)の幼生・稚体の化石について、形態を詳細に調べたところ、アンモシーテス幼生の特徴は見られなかったというのである。彼等は、現代のヤツメウナギの生活環は二次的にできあがったものであり、脊椎動物の祖先の名残ではないと考えている。

ただし、発生様式の起源については、前述の2018年の本論文を引用し、「初期のヤツメウナギが直接発生なのか、間接発生なのか、判断するのは難しい」と述べた上で、現生の円口類の共通祖先食巨性の捕食者であること、および、円口類と有顎類の共通祖先は甲皮におおわれていたのではないか、と考えている。

また、現生のヤツメウナギで得られている知見より、アンモシーテス幼生には内柱という器官があり、これが後に甲状腺濾胞へと発生するのだが、ヨウ素の乏しい環境では変態に十分なヨウ素を得られるまでの間、幼生の期間を延長させ、ヨウ素が十分に蓄積されたら変態を始めるというヘテロクロニックなシフトが進化の過程で可能になったのではないか、と彼等は考えている。


この報告に対し、米国の研究者が、あくまでアンモシーテス幼生を基本の幼生として考えるべきとの反論を、2023年に発表した。単名での執筆になる。この研究者は、4属の化石がアンモシーテス幼生を持たざる直接発生であることには同意するも、初期の円口類と甲皮類の咽頭・口・上唇の形態比較により、アンモシーテス幼生を基本に置くべき、としている。

また、2021年の論文について、納得できない点として、以下を指摘している。

・顎は沈殿物を食べるのに進化したという考察は、顎の機能である、顎が餌を噛み、吸い込むという食べ方反している。

・現生のヤツメウナギの内柱は、甲状腺ホルモンが豊富で、アンモシーテスの血漿の甲状腺濃度は高いことがわかっており、内柱に関する考察は正しくない。

・下顎のみの形態比較では、有顎類と甲皮類の相同性のみが見出され、円口類のパターンが見出せないため、アンモシーテス幼生を否定する誤認になるので注意が必要である。

・4属の化石は3億600万年から3億6千万年前のものであり、初期のヤツメウナギの出現時期(4億4千万年前)から現生のヤツメウナギの出現時期(1億250万年前)までの時代のわずか1/5の期間での化石になり、アンモシーテス幼生を否定する証拠として不十分である。

脊椎動物の起源については、その前段階の祖先として自由遊泳するナメクジウオを認めた上で、最初の脊椎動物は自由遊泳をし、直接発生を行い、浅い海底で餌を濾過して食べていた、と考えている。初期の甲皮類も同様の発生および生活をし、中には口を開いて沈殿物を食べるものも出現したが、全般的には、裸の幼生から変態して甲皮を持った成体へと変態するようになった、と考えている。


以上のように、アンモシーテス幼生は迷走を続けている。ここからは個人的な雑感になる。最初期のヤツメウナギの生活環において、明確な幼生世代は不在であったが、アンモシーテスか、それ以外の幼生世代が二次的に成立したという点で、三者は共通点があるだろうか。ただし、現在も、最初期のヤツメウナギにおいて、アンモシーテス幼生だったのか、幼生と稚体の混合した形態だったのか、甲皮を持った幼生だったのか、を断定する知見は得られていないようである。個人的には、<圧縮>仮説の引き金が雑種形成にあったとなれば、ヤツメウナギの古代史は想定外の面白さになるのではないか、と期待したいところである。

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