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テン・リングスの中秋節

先日『シャン・チー テン・リングスの伝説』を観てきました。
いくらトニー・レオンがハリウッド映画に初出演するとはいえ役どころは主人公の父親にしてヴィランだし、なによりマーベル作品だし、などと観る前は不安要素ばかりしかなかったのでした。
しかしそれは杞憂に終わり、ものすごい勢いでハマっていたのは感想の通り。

この感想の最後の方で「マーベルCEOケヴィン・ファイギには、トニー演じるウェンウーの1000年間の人生を描いた『テン・リングス The Beginning』を企画及び製作してほしい」などと言っておるのだが、それはわりと本気です。
あれこれ言ってると長くなるので最小限にとどめますが、いやもう、切なかったのですよ、ウェンウーという人が…。我が最愛の俳優であるトニーが演じているからこそのキャラクターになっているのですが、何度見てもやはり切ない。確かに悪役だし子供たちに対しては毒親なのかもしれないが切ない。そしてこの物語に至る1000年間にはもういろいろな物語を背負っていることを匂わせてくれるくらいの好演だったのです。
ここまでのキャラならスピンオフだって…と思うけど、それが実現できるかどうかは怪しい(当然です)それなら二次創作で、と久々にファンフィクションでもなどとうっかりやる気モードに入ったのが、9月21日の中秋節。
その夜、こんなFFを思いついてしまい、twitterに連続ポストしました。
自分にしては短時間でよく思いついたなという勢いでした。

ここでは加筆修正し、体裁を整えて掲載します。
もちろん、映画本編の内容を受けて書いているので、最小限ながら内容に触れるところもあります。


テン・リングスの中秋節

9月20日、夜のサンフランシスコ。
遅番の仕事を終え、シャンチーとケイティが歩いている。
「ショーン、明日は中秋節だからうちでご飯食べてって。はいこれ、おばあちゃんからの月餅」
「…なあケイティ、なんか妙に気ぃ遣ってないか?この月餅、心なしかいつももらうのよりデカい気がするぞ」
「え、気を遣ってる?いやいやそんなことないよー。おばあちゃんも喜ぶし、お父さんのことは…」
とケイティが言いかけ、突然叫ぶ。
二人の目の前に光の輪が広がり、その中からウォンが現れる。

「やあウォン。久しぶり」
「シャンチー、すまんがまたちょっと来てくれ」
「いきなり登場しないでよー!またあの腕輪の件でカマー・タージに連れていかれるの?」
「いや、お前の妹の件だ」
「え、シャーリンが?いったい何かあったのか?」
「いいから二人ともともかく来い」
ウォンはゲートウェイを開き、二人を放り込む。

ところ変わって、中国某所の山間部にあるシュー家では、シャンチーの妹シャーリンが彼らを出迎える。
「おい、連れてきたぞ」
「ウォンさんありがとう。助かった」
「…ったく、魔術はタクシーでもウーバーでもないぞ」
あきれて腕を組むウォン。
「ハーイ、シャーリン」
「ハーイ、ケイティ。元気そうでなにより…ところで兄さんは?」
「やだなあ、あたしたちウォンさんに一緒に連れてこられ…
ってあれ?いない」
「…ああ、いないな」
「っていったいどうなってんのよウォンさん⁉︎」
「俺も知らねーよ!確かにゲートウェイに一緒に入ったところまではわかってるよ!ということは一瞬ではぐれたか何かあったかしかないな」
「他人事みたいに言わない!ともかく探してきて!」
「うわわ、わかった!探してくる!」
シャーリンの勢いに押されながら、ウォンがゲートウェイを開けて退場する。
「ケイティ、あまり心配しないで。兄さんのことだから変な目には遭ってはいないでしょう。お茶でも飲んで休んでいて。私は組織の連中を見てくる」
「まあ、あたしもショーンのことはこれっぽっちも心配してないけど…
ったく、どこ行ったんだかね」

一方、移動中のほんの一瞬で、うっかりはぐれたシャンチー。
突然足元からゲートウェイが開き、はまって派手に落ちる。
地面に叩きつけられ、たちまち大勢の人に囲まれる。
彼が落ちたのは、どこかの繁華街のど真ん中。
「いでで…」
固いアスファルトに叩きつけられたが、特に異常はないことを自覚して半身を起こすが、人混みの中から一人の女性が彼に近寄る。
「あの…大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
「は、はい、大丈夫です、これくらいは普段から鍛えているので何ともな…」
髪を長く伸ばし、清楚な装いの若い女性。
その女性にシャンチーは心当たりがあった。

「…か、母さん?」
その女性は、亡き母インリーにそっくりであった。
「は?」
いきなり目の前の男に母さんと呼びかけられ、当惑する女性(当然である)
すると、人混みをかき分けてショッピングバッグを両手に抱えた一人の男性が現れる。
「リー!探したよ。どこに行ったかと」
「ウェンウー、良かった。私も探してたのよ」
その男性も、シャンチーがよく知る人物であった。
「と、父さん!」
「は?」
男性もまた、女性と同じく当惑する(これも当然である)
そこでシャンチーはあることに気づく。
「というか、ここはどこ?みんな普通話マンダリンじゃなくて広東語しゃべってるけど」
そんなシャンチーも、広東語を話している。
あきらかに彼が不審な人物なのが周囲からもまるわかりであるのだが、親切にもリーは彼の疑問に答える。
「ここは香港よ」
「え、香港⁉︎…そうか、だからみんな広東語しゃべってたのか…父さんと母さんも」
「ところで君は私を父さんと呼んでいるが、私とリーは結婚したばかりで子供すらいないぞ」
「でも母さんは母さんだし二人ともなんか若…ってそうか父さんは千年不老だったか」

何かおかしい。両親とも若い。そしてここは香港。なぜ香港?
いや、それは置いておいて。
「あの、今何年ですか?」
「1996年よ」
インリーに言われ、周囲を見回してみると、ビルのサインボードには確かに「1996」と表示されている。ますます混乱するシャンチー。
「1996年の香港、中国返還前か…って俺の生まれる前か!
ということは、いつの間にか時をかけちまったのか、俺は!」
ぶつぶつ言うシャンチーをやや引いて眺めるウェンウー。
「…いったい何を言ってるんだこの人は?」
「そうね。きっと頭を打っておかしくなってるのかも。では病院へ」
「いやいやいやいや、結構です結構です。ところであなたたちは…」
と言いかけたシャンチーの目の前に光の輪が広がってゲートウェイが開き、ウォンが現れる。
「ここにいたか、よかった。いったいどこに飛んでいったかと思ったら」
「どういうことだよウォン!この魔術ってタイムスリップもできるのか!」
「いいから戻るぞ!みんな待ってる」
ウォンはシャンチーの首根っこをつかんでゲートウェイに放り込む。

二人がシュー家にたどり着いたのは、9月21日の夕方。
「戻ったぞ。やっと見つけた。おそらく魔術にちょっとしたバグがあったらしい。それではぐれたんだろうな」
ケイティとシャーリンが駆け寄ってくる。
「心配してたよー」などと声をかけるが、当然心からそう思ってはいない。
「ったくー、魔術にバグとかあるの?ともあれ、ちょうどいいタイミングで戻ってきてくれて良かった。これからテン・リングスのみんなと…あれ?」
「兄さん…?」
ふと見ると、シャンチーが涙を流している。
「わー、泣かないで」
ケイティがティッシュボックスを差し出す。
「しっかりしてよ兄さん、何泣いてるの」
ティッシュで涙を拭いて鼻をかみ、落ち着いたところで言う。
「俺、さっきさ…父さんと母さんに会ってきた。
俺が生まれる前の香港で。ショッピングしてた。二人とも幸せそうだった。
でもその後俺とお前が生まれて母さんが…と考えたら、すごく悲しくなった」
何も言えなくなるケイティとシャーリン。しばし訪れる沈黙。
「おい、感傷に浸りたいのわかるけどな、お前が飛ばされた1996年の香港は、この世界のじゃなくて多元宇宙マルチバースに存在する香港だ」
ウォンが頭をかきながら、あきれたように言う。
「…はい?」
「俺たち魔術師はマルチバースからエネルギーを得て魔術を使うことができる。そこにはこの世界とよく似た香港もたくさんある。その中にはお前の親父がテン・リングスの首領じゃなくて、普通の人間として暮らす世界もあって当然だ」
そう言ってウォンも沈黙する。
再びの沈黙を破り、シャンチーが呟く。
「そうか…俺の出会った父さんと母さんは並行宇宙の二人なのか…それならば、少し違和感を覚えたのも納得だ。この世界ではあんなことになってしまったけど、別の世界の二人には、どうかそこで幸せに暮らしてほしいな」
再び目ににじむ涙を手の甲で拭う。
ケイティがシャンチーの肩をたたく。
「元気出しなって、ショーン。あなたの両親は心の中で守ってくれている。そしていい時に戻ってきてくれたよ。今ちょうどバーベキューの準備ができたところ」
「今夜は中秋節だよ。兄さんとはこの春、10年ぶりに再会できた。そこからいろいろあったし、まだ少し恨んではいるけど、やっぱり家族だから、今年は一緒にお祝いしたかったんだ。テン・リングスの皆も私たちの家族になった。だから、今夜はみんなで一緒に月を見ながら楽しみましょう」
「そうそう。カラオケもあるし、楽しくやろうよ」
シャンチーの顔が少し明るくなる。
「…ああ、そうか。そうだな。父さんのことは残念だった。でも俺もシャーリンと再会できて嬉しい。それじゃ、いただくよ」
「そうそう、食べよ食べよ」
三人はバーベキューがセットされた中庭に出る。ジョンジョンやレーザーフフィストを始め、生まれ変わったテン・リングスのメンバーが集結している。ジョンジョンの掛け声で宴が始まり、皆がグラスを合わせて「中秋節おめでとう」と乾杯する。
空には見事な中秋の名月が昇っている。

「あれ、ウォンさんはどこ?」
肉をパクつきながら、ケイティがウォンの不在に気づく。
「あ、本当だ。いない。せっかくの中秋節なのに…」
と、その時中庭の中央にゲートウェイが開いてウォンが戻ってくる。
驚くテン・リングスの面々。
「うわ!」
「敵か!」
レーザーフィストがすぐに腕に刀を装着して身構えるが、ウォンの背後から現れた人影に気を留める。
「ボス!」
そこにいたのはウェンウーとインリーだった。

「え、母さん?…父さん」
服装やその様子から、自分が別次元の1996年の香港で会った二人であることに気づく。
「今夜のスペシャルゲストだよ」
とウォンが言い、小声でシャンチーにささやく。
「さっき助けてもらったお礼で招いたと言え。二人とも確かにお前の両親じゃないが。これは完全にルール違反だけど、なんだか気の毒に思えてな」
シャンチーの目が再び涙で潤む。テーブルからワインの入ったグラスを2つ取り、ウェンウーとインリーに渡す。
「さっきは助けてくれてありがとうございました。そしてお礼も言えずに戻ってしまってすみません。いきなりこんなところに連れてこられてビックリしたと思います。大げさかもしれませんが、お礼がしたいんです。どうか俺たちと一緒に、中秋節を祝ってくれませんか」
訳がわからないという表情をしていたが、どうやら何か察し、ウェンウーとインリーは微笑む。グラスを手に取って乾杯をする。シャンチーはシャーリンを招く。平静を装いながらも少し泣いているシャーリン。
そして、四人の様子を見て派手に泣くケイティ。
和やかに続くテンリングスの宴。

やがて月が沈み、ウォンはウェンウーとインリーを元の世界に送っていく。
組織の仲間も全て酔いつぶれたが、三人は中庭から夜明けの山々を眺めている。
「兄さん。お互い大人になっても、父さんたちとも今夜のような中秋節を祝いたかったね。ずっと家族でありたかった」
「そうだな。でも俺たちは父さんのような過ちを犯してはいけない。将来はそれぞれの家族を守っていけるようでいなきゃな。たとえ今後、もっと大変なことが起ころうとしてもな」
「おっと、あたしのことも忘れないでね。ショーンもだけど、シャーリンもあたしの家族みたいなものよ。いつかサンフランシスコにも遊びに来てよ。おばあちゃんが全力で歓迎してくれるよ」
「そうだね。組織の整理がついたら行くよ。そしてカラオケで歌いまくりましょうか。でも私の十八番は同じカリフォルニアでも『ホテル・カリフォルニア』じゃなくて『夢のカリフォルニア』」
「なにそれ『恋する惑星チョンキン・エクスプレス』のフェイ・ウォンみたいじゃん」
互いに笑いあう三人を見守るように、朝陽がシュー家の庭先を明るく照らし始める。

ポストクレジット
9月21日、夜のサンフランシスコ。空に輝く満月。
シャンチーとケイティはゲートウェイを通ってケイティのアパートの近くまで戻る。
「いやー、今日もいろいろあったねー。でも1日に2回中秋節のお祝いができてなんだか得した気分」
「そうだな」
ケイティのアパートに着き、ドアを開ける。
「ただいま、おばあちゃん…って誰その人⁉︎」
おばあちゃんの隣、すなわちおじいちゃんの席に見知らぬマント姿の男がすわっている。
そして、おばあちゃんからおじいちゃんと呼ばれ、月餅を食べさせられていたのは、ドクター・ストレンジ。

(終劇)


シャンチーと月夜の願いーあとがきのようなもの

そもそもこのFFのきっかけは、中秋節前のこの思いつきtweetでした。

月夜の願い(新難兄難弟)』はピーター・チャンとリー・チーガイの共同監督による1993年の香港映画。日本では1996年に公開されました。父親と折り合いの悪い主人公が、父が重傷を負ったことがきっかけで「中秋節の伝説」によってタイムスリップし、結婚する前の父親と母親に出会うという物語。父と息子の確執と和解に加え、なんといっても主人公がトニー・レオンだから、オマージュをささげるにはちょうどいい。ちなみに父親役が同じ英語名を持つレオン・カーファイの”Wトニー・レオン”だし、母親役は夫人でもあるカリーナ・ラウ。主人公のガールフレンドを演じたのはアニタ・ユン。
「新難兄難弟」で動画検索したら、予告がUPされてなく本編(!)ばかりあったので、サクッと見られる名場面を借りました。

これをこのまま完コピでFFにしてもよかったのだけど、当の私がかなり筋を忘れていた(ファンのくせにこれは笑えない…)のと、この設定を強引に持ち込むにはウェンウーのキャラには合わなくなるので、これは没に。
まあ、ハイテンションのウェンウーに振り回されるシャンチーという図を考えたらそれはそれで楽しくはあるけどね。

そういえば本編には魔術師のウォンが登場していたっけ、と『ドクター・ストレンジ』をググりつつ思い出してたら、あの世界にはマルチバースの概念があった。これをパラレルワールド的に使ってみたらいいんじゃないの?と思いついたらもうあっという間に考えついた次第。1ポスト140字の制限があるTwitterをスレッドでつないだので表現も簡潔にしたし、ご都合主義ではあるけどFFだから無問題でしょ、ってわけでこんな話を作りましたよ。
なお、映画本編に登場しなかった香港を出会いの場に設定したのはこちらの趣味です。やっぱりトニーには広東語を話してほしかったし、シャンチー自身に4か国語話せるという設定があるのでそこ利用してもいいよね?というわけです。

そして、中秋節といえば中華圏では休日となり、大事な家族行事の日でもあります。『シャン・チー』の映画には犯罪組織の血の絆や親殺しも裏テーマとしてあるわけで、親子の断絶やネグレクトのようなものも描かれているのに、そこで家族を強調?というのも本当は当てが外れているのかもしれません。でも、1000年の長い間を欲望のままに突っ走ったウェンウーが出会ったのがインリーであり、そこで安らげる家族を得たことは重要なことであり、これまでの罪を償って愛に生きられるチャンスだと見て取ることも可能でしたからね。物語の筋と離れても、そんな姿を見たかったりするんです。

tweetで書き間違ったり、つながりのおかしいところは少し直したりしましたが、それでも余白を残して書いたので、その部分でこれを読んだ人がいろいろ想像できるようにしました。

なお、ポストクレジットにドクター・ストレンジが登場したのはリクエストからです。唖然としたケイティが「ハーイ、じいじ。なんか顔変わったね」などとボケたら最高だな、なんて思って書きました。

それでは、何か思いついたらまた何か書いてみます。
シャンチー視点で書くのは思った以上に楽だったけど、今度はウェンウー視点でも書いてみたいな。
読んでいただき、ありがとうございました。


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