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激務2児ワーママ、転職踏み出したら天職だった話。【前編】

はじめまして!
7月にファンギルドに入社した、タピオカと申します!
広告制作会社から2回の産休を経て初めて転職し、全く未経験の出版業界であるファンギルドへこの身一つで飛び込んで参りました。

今回は転職記を書かせていただけるとのことで、そんな大したことはしていないので恐縮ですが…2児(3歳・4歳)の子育て多忙期ワーママがなぜ今、転職しようと思ったのか、ファンギルドでの面接、入社1か月経って思うことなど赤裸々に語っていこうと思います。

今回の私の転職記を通して、「転職したいけど忙しいし、踏み出せない」「ワーママだしジョブチェンなんて不利そう‥」なんて悩んでいる方の背中を少しでも押せるきっかけになればなと思います。

よければ最後まで読んでやってくださいm(_ _)m

わたしについて

軽く自己紹介です。
社会人7年目 (産休はあるものの超!激務だったため感覚は10年目くらい)
娘(4)息子(3)ダックス(5)旦那(一個上)の4人と1匹家族。
大学時代留学経験を経て、英語全然関係ない広告制作会社に入社(なぜ)
転職は今回の出版社ファンギルドが初。
趣味は仕事、推し活(ガチめのオタク)、フェス、酒、旅行、プリキュア…

人には「バイタリティもテンションも高い女」とよく言われます。
褒められてる・・?

私お気に入りの”保護者感”満載の写真

前職は広告制作の企画営業でした。

広告制作会社の企画営業が私のキャリアのはじまりです。
広告の営業と聞くと【媒体を売る】のイメージが強いかもしれませんが、私の場合は【”作ること”を売る営業】でした。イラストレーターやエンジニア、デザイナーを抱える制作会社だったので、制作の仕事を取ってくるお仕事です。
何かを作るためにクライアントの商品・サービスにあった企画を提案・進行する、プロモーション企画をしていました。
ひとまとめにプロモーションといっても、ポスターチラシみたいなものもあれば、AR・VRみたいなデジタルコンテンツ、動画、さらにはイベントなど世の中で目にするものはたくさんありますよね…。つまり、なんでも企画して、なんでもやる営業だったわけです(笑)。
育休復帰後もフロント営業は退いたものの、企画メイン担当として月8-10件くらい提案していたので、フルタイムでだいたい9時から21時くらいまで、いっぱいいっぱい働いていました。
子供のお迎えがあるので特例でフルリモートにしてもらいましたが、今思うと18時のお迎えをしてから、適当なご飯を出して、19-21時で打ち合わせやら、企画書やらを傍で作る、余裕のない姿を見せてしまっていたなぁ…と、ちょっと涙ぐんでしまいます…(´;ω;`)ゴメンネ

娘に話したら、「ママは○○(推しの名前)見てるんでしょー?」って言われましたが。
あなたのおやつ代稼いでるのよ。

激務ワーママが転職にいたるまで


前職の話を書いたので、まあ転職に至った大きな要因はご想像がつくと思いますが、それだけでもなかったです。
うちの子たちは現在3歳と4歳。1歳ぐらいの時よりはマシにはなったものの、まだまだ体調も崩しやすい年齢です。
「そんな大変で手のかかる時期に転職しなくてもいいんじゃない?」と言われていましたが、転職の一番の理由は子供じゃなくて「自分のやりたいことを追求したい」と思ったことでした。

新卒の時から、クリエイティブにかかわる仕事がしたくてプロダクションとか、広告代理店とかを片っ端から受けて前職のプロモーションの仕事に出会いました。とにかく「人より早くたくさん経験して、早く出世したい」と思っていたので、新規営業しながら、WEBコンテンツやイベントの企画をしまくっていました。
チー〇ラボさんや、ネイ〇ッドさんたちがやっていたようなお仕事が近いイメージです。
上記をメインに他にも、雑誌のイラストや、動画や、カフェデザインや、行政のポスターやらやら、いろいろやってました。
育休を2回取っているので実稼働は4年半くらいのキャリアですが、たぶん在籍分の7年程は働いたわけですww
イベント近くなると本当に帰れなくて、イベントなくてもなんか帰れない日もあって(なぜ)、特技はどこでも寝れることになっていました。

見慣れた風景(現場床・カプセル)

靴も1か月に1足くらい履きつぶしてました。(たぶん安物だから)
本当に「左〇きのエレン」みたいな世界でした。

何度もくじけそうになったし、泣きながら企画書を作り、朝を迎えたこともありましたが、それでも毎度自分の携わったプロモーションが形になって誰かに届いた嬉しさを感じては、つらいキモチが全部吹っ飛んで行ってしまってました。
この感情は私にとって麻薬でした。
なので子供がいてもいなくても、このプロモーションという道で一生やっていこうという気持ちは変わりません。

ではどうして転職しようと思ったのか?


「好きなことをやりきれない悔しさ」を覚えたことが、きっかけでした。
子供が生まれてからは、産前の働き方はさすがにできないと相談し、営業をサポートするプロモーション企画担当として復帰し、営業さんが持ってきてくださる案件相談に対し立案して企画書にし、プレゼンする仕事をしていました。
営業30名に対し、プランナー5名体制。多い日は一日に4本企画書を出さなければならない日もありました。でも子供は毎日元気に保育園から帰ってきて、ご飯をたべて風呂に入って寝るわけで…。18時~20時は何も仕事ができないので、子供が寝た21時以降に残した業務をやるしかなく、徹夜なんてこともしばしばで。もう正直パンパンOFパンパンでした。

私「ワァ、また朝が来たァ」

企画する時間が限られると結局下調べできる時間も減るし、面白い企画も詰まり切らないアイデアレベルのもので結局実らないことも多々あり‥。
せっかく受注した案件も、よくあることではあるのですが、営業さんにディレクションを任せたら全く違うものが最終出来上がっていたり…。
それでも1年くらい試行錯誤して食らいついてきましたが、もやもやした感情は膨らんでいくばかりでした。

「これ、本当にクライアントのためになってるのかな」
「ちゃんと最初から最後まで関わって、ちゃんと次に活かしたいな」

この自分の気持ちがなくなってしまう前に、まず始めてみようという思いで転職活動を始めました。
2024年4月ごろでした。

ワーママ、とりあえずゆるっと転職はじめた


最初は、
「1つのことに集中してプランニングしたいから事業会社がいいな!」
「職種はできるだけそのままがいいな!」

という気持ちで、現職を何とか続けながらいい出会いがあれば転職しようというスタンスで始めました。
大変だったのは、この軸となる気持ちやモヤモヤの言語化、ポートフォリオ制作に時間がかかること。業務と並行してやらねばならないこともあり、意図せず三徹してしまったりしました…(笑)

土日は子供や友達と遊んで、推しを見て、しっかり休みたい!という気持ちが強かったので三徹になりましたが、1日でも集中タイムをもらえば良かったなと後悔しています(笑)。

でもそれが言語化できてしまえば、あとは希望がマッチする企業さんとの面接の準備のみだったので、一度超えれば割とスムーズな印象でした。

恥ずかしいのでボカしますが、過去案件をたくさん書き出しました

ちなみにワーママの転職にはやっぱり家族のサポートは必要でしたし、すっごく助けられました。
両親は遠方なので、基本頼れず、負荷がふえる面接時期には旦那にお迎え・家事をたくさんお願いしました。
旦那は転職経験もあったので、キャリアアドバイザー並みに助けてもらいました。
ありがとう旦那。礼、拍手。

ここまでが前編【今までの私と、転職しようと思い立ってはじめるまでのお話】でした。

次からやっと出版社ファンギルドとの出会い編がはじまります!
長くてすみません…(笑)

ここまで読んでくださりありがとうございましたm(__)m

次回は明後日更新予定!
後編も読んでくださるとうれしいです♪