第1話 ミカ

第1話  Hz


ミカの叫び声が止んだ。
落ちてきた「それ」はアイナだった
半年前まで系列店にいたアイナ、上から降ってきて落ちたのは同じ職場に居たホス狂だった。
左を向くとミカの普段キラキラしている目が見たことの無い位光を失って、めいっぱいに開かれていて怖かった
「友達、なの?」
ミカのビー玉みたいな声は叫んだせいかいつもより震えながら低かった
私の腕を掴む力が強まる、スカルプで長い爪が二の腕に突き刺さって痛い。
そう、友達
と言いたい所だった。
人通りの多い錦三丁目は、野次馬を集めるには持ってこいだ。アイナの周りにスマホのカメラがいくつも向けられた。同時に目の前に突っ立っている私達も映っていることだろう。
アイナとは一緒にホストに飲みに行ったこともある、泣きながら男の話をした事もある、アイナの家に泊まったこともある、でも全部夜だけの繋がりだった。アイナは源氏名で私は本名を知らない。
アイナはもう少しで真っ赤になろうとしていた、長いファーの上着から変な方向にねじ曲がった膝から下が八の字に伸びている。
明らかにもう息をしていない「それ」を私は何故か冷静に見つめ続けた。
信号の向こうからパトカーが2台サイレンを鳴らしながら近付いてくる。さすが汚い街、警察の到着も早い。心臓が何処にあるのか分かったのはこれが初めてだった。瞬きができなくてカラコンが剥がれ落ちそうだった。
ここで友達ですと言って、巻き込まれるのが面倒だ
それにミカと私はまだ18だった。
「ミカ、、行こう、飲みに行こう」
荒くなっていた呼吸の隙間で何とか言葉を繋いだ私は
二の腕を掴んでいるミカの手を、自分の右手で強く握った。息を大きく吸って15センチのピンヒールで地面を蹴る。猫背になった私たちは、必死に震える足を動かした。サイレンと、こちらに向かってくる沢山の野次馬を縫って、私達はなんとか大通りまで出た。待って、とたまにミカが言っているのが聞こえていたけれど、野次馬のざわめきが背中にへばりついているようで、私は歩くスピードを緩められなかった。
「待ってってば!」
ミカは私を掴んでいた腕を思いっきり引っ張った
こんなに私に大きな声を出すのは初めてだった、涙で溶けたマスカラがピエロみたいに見える。肩で息をしながら私が渡りかけていた横断歩道の信号機を指さした。
赤だ。私はさっきのアイナの上着の色を思い出して嘔吐した。私の背中をさするミカの顔は悲痛に満ちていて、指先は冷たかった。
ミカに説明しないといけない、でも聞いてこないミカの優しさに少し甘えようと思った私は、青信号を待たずに目の前に停まっていたタクシーにミカを乗せた。
「また、明日」
ミカはまた大きな目を見開いて私をタクシーの中に引っ張った、「馬鹿じゃないの!ひとりに出来るわけないでしょ!」ピエロみたいな女の次に乗ってきたのはゲボ臭い女だ、タクシーの運転手はさぞかし驚いただろう。いや、この街の事だからもう慣れっこかもしれない。
また、ミカのスカルプが今度は太ももに刺さっていた
「、、女子大の交番前」
私の酒でもゲボでも焼けた掠れ声に運ちゃんは「あいよ」と軽い返事をした。

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