プラナリアの有性化物質その2 ~いろいろなプラナリア~ 論文紹介

プラナリアの有性化物質その2 ~いろいろなプラナリア~

論文名  A comprehensive comparison of sex-inducing activity in asexual worms of the planarian Dugesia ryukyuensis: the crucial sex-inducing substance appears to be present in yolk glands in Tricladida
無性リュウキュウナミウズムシにおける有性化活性の総合的比較:決定的な有性化物質は三岐腸目の卵黄腺にある
著者名  Haruka Nakagawa, Kiyono Sekii, Takanobu Maezawa, Makoto Kitamura, Soichiro Miyashita, Marina Abukawa, Midori Matsumoto and Kazuya Kobayashi
掲載誌  Zoological Letters
掲載年  2018年
リンク  https://zoologicalletters.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40851-018-0096-9

プラナリアの有性化物質について2017年の論文の続報となる2018年の論文です。
 2017年の論文は当サイトでも紹介していますので読んでみてください。
 プラナリアの増え方には無性生殖と有性生殖があります。無性生殖の場合は体がちぎれた後に、再生することで増殖します(漫画「リュウキュウナミウズムシ」参照)。有性生殖の場合は、生殖器官である交接器によって交接(いわゆる交尾)をすることで卵を産みます(漫画「リュウキュウナミウズムシ」参照)。同じ種類のプラナリアでも、無性生殖と有性生殖をするものがあり、無性生殖から有性生殖へと転換することが分かっています。この転換は環境の温度変化やエサによって起こることが分かっていますが、そのメカニズムはまだはっきりと分かっていません。エサによって有性化することから、エサの中に有性化を引き起こす物質(有性化物質)があるはずです。この研究グープは、それを発見して有性化のメカニズムを明らかにすることを目的として精力的に研究を行っています。
 今回の論文は、2017年の論文の続きというわけではなく、別のアプローチで有性化物質を探索するというものです。プラナリアの有性化は性成熟したプラナリアをエサとして食べさせることで起こすことが出来ます。そこで、いくつかの種類のプラナリアをエサとして与えて、有性化させる事のできるプラナリアの特徴を探しています。また、他の動物では有性化物質としてペプチド(小さなたんぱく質)が使われていることから、プラナリアの有性化物質がペプチドであるかどうかを確かめる実験も行っています。
 この論文では、有性化物質が何であるかということは分かりませんでしたが、そのヒントとなる情報がいくつか分かりました。この手がかりを基に有性化物質が発見されることを期待しています。

補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。


この論文で分かったこと
・決定的な有性化物質はペプチドではない。
・決定的な有性化物質として共通な物質または機能的に類似な物質が、三岐腸目のプラナリアにある。
・決定的な有性化物質は卵黄腺にある

[背景]

 後生動物は環境の変化や生活環またはその両方によって、ときおり生殖方法を転換します。しかし、無性生殖から有性生殖への転換とその逆についてもメカニズムはほとんど分かっていません。刺胞動物のミズクラゲは季節的に無性生殖をするポリプと有性生殖をする成体の間で行ったり来たりします。研究室では、ポリプから成体へは低温にすることで誘導することが出来ます。この転換のコントロールしているメカニズムは、レチノイン酸シグナルとペプチドホルモンの前駆体と予想される分泌たんぱく質CL390による低温感受性シグナルからなります。(補足:ペプチドは小さなたんぱく質で、大きなたんぱく質が分解されて作られる。この場合はCL390が分解されてペプチドホルモンが出来ると予想されている。)ポリプにレチノイン酸またはCL390からのペプチドホルモンを与えることで成体への変態が引き起こされます。この無性生殖から有性生殖への転換をコントロールする物質は、生殖方法を転換させる分子メカニズムを明らかにするためのヒントを与えてくれるでしょう。このような物質を有性化物質と呼びます。
 いくつかの淡水棲プラナリア(扁形動物門ウズムシ綱三岐腸目)は有性生殖と同様に無性生殖を行います(漫画「リュウキュウナミウズムシ」参照)。有性のプラナリアは雌雄両方の生殖器官を持ちます。一方で、無性のプラナリアには生殖器官はありませんが、分裂によって失った部分を再生することで増殖します(漫画「リュウキュウナミウズムシ」参照)。そのため、無性のプラナリアが有性のプラナリアになる時に、ネオブラストと呼ばれる万能細胞から雌雄両方の生殖器官が分化します。プラナリアの有性化物質の存在はエサによる有性化の実験によって考えられました。無性のプラナリアは性成熟した同種または異種の淡水棲プラナリアの切り刻まれたものを食べると、環境刺激が無くても生殖器官を作ります。このことは、性成熟したプラナリアに含まれる有性化物質は淡水棲プラナリアに共通な物質または機能的に似ている物質であることを示しています。
 有性化物質を見つけるための実験方法は確立されています。無性のリュウキュウナミウズムシ(三岐腸目サンカクアタマウズムシ科)は有性のリュウキュウナミウズムシや性成熟したイズミオオウズムシ(三岐腸目デンドロシーラ科)を食べることで有性化します(図1)。最近、D-トリプトファンが有性化物質として無性のプラナリアの卵巣の形成に関わっていることが分かりました(漫画「有性化物質?」参照)。しかし、D-トリプトファンは無性のプラナリアの完全な有性化を引き起こせません。つまり、完全な有性化を引き起こす決定的な有性化物質はまだ見つかっていません。リュウキュウナミウズムシを有性化させる物質を持つプラナリアの種類の範囲については限定的な情報しかありません。そのような情報は有性化物質を見つけるための助けになると考えられます。
 ウズムシ綱は大ウズムシ(体長が4 mm以上)の2つの目(三岐腸目と多岐腸目)と小ウズムシ(4 mm未満)の9つの目からなります。今回の実験方法では4 mm以下の種類のプラナリアでは材料として十分な量を確保できません。本研究では、リュウキュウナミウズムシを有性化させる物質を持つプラナリアの種類を絞り込むために、陸棲プラナリアのオオミスジコウガイビル(三岐腸目)と海水棲プラナリアのミノヒラムシ(多岐腸目)をリュウキュウナミウズムシとイズミオオウズムシと一緒に材料として使用しました(図1)。また、野生のオオミスジコウガイビルがエサとして食べているナメクジであるチャコウラナメクジ(軟体動物)も使いました(図1)。リュウキュウナミウズムシに対する有性化活性を調べるために、これらの5種をすりつぶしたものを水や油への溶けやすさで4つに分け、それぞれをリュウキュウナミウズムシに食べさせることにしました。

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[結果]

リュウキュウナミウズムシに対する有性化活性の比較
 以前の有性化物質を探す研究で行ったように、4 gのプラナリアまたはナメクジをすりつぶして、遠心分画をすることで細胞質が含まれる上澄みと沈殿物が得られました(図2)。水に溶けやすいものは上澄みに、水に溶けにくいものは沈殿物になります。本研究では、この上澄みを濃縮してシリカゲルのカラムに加えた後に、メタノール濃度が0、10、100%の溶液を順に流して回収しました(図2、Fr.M0, Fr.M10, Fr.M100)。沈殿物はエタノールに溶かしました。沈殿物に残った水に溶けやすいものを取り除くために、水と酢酸エチルによって水層と酢酸エチル層に分けました。(補足:酢酸エチルは水に溶けないため、水と酢酸エチルでちょうど水と油のように2層に分かれる。ここに沈殿物を溶かした溶液を入れることで、溶液の中の水に溶けやすいものは水層側に分けることが出来る。)これにより、水に溶けにくいものは酢酸エチル層に分かれました(図2)

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 以前の研究では、リュウキュウナミウズムシとイズミオオウズムシのFr.M0とFr.M10は引き返し限界点(図3)を超える十分な有性化活性を示しました。本研究では、イズミオオウズムシのFr.M10の乾燥重量が最も少なく3.9 mgでしたので、有性化を観察する実験に使用したそれぞれのサンプルの量を3.9 mgにしました。(補足:以前の研究では約8倍の量を使用していた。今回は量が減ったために有性化活性が落ちていると考えられる。)それぞれのサンプルの乾燥物を通常のエサ(鶏レバー)に混ぜ、無性のリュウキュウナミウズムシに4週間食べさせたあとに外観を観察し、図3に従ってステージを決めました。結果を図4に示します。

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 決定的な有性化物質が含まれているものとして、引き返し限界点を超えた活性(ステージ3以上)が観察されたリュウキュウナミウズムシ、イズミオオウズムシ、オオミスジコウガイビルのFr.M0とFr.M10がありました(図4)。全てのFr.M0とFr.M10を食べさせたリュウキュウナミウズムシのなかで最も有性化が進んでいたものを使って、生殖器官の分化度合いを調べるために組織学的な解析を行いました。(補足:ステージ4と5を区別するためには組織学的観察が必要なため。)イズミオオウズムシのFr.M10を食べさせることでステージ4になりましたが(図5f-j)、オオミスジコウガイビルのFr.M0ではステージ5になりました(図5k-o)。同種であるリュウキュウナミウズムシの持つ有性化活性はイズミオオウズムシやオオミスジコウガイビルのものよりも弱いものでした(図4)。最も強い有性化活性はオオミスジコウガイビルのFr.M0で見つかりました(図4、5)。

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 海水棲プラナリアのミノヒラムシは他の2種のプラナリアよりもリュウキュウナミウズムシから系統的にかなり遠い種になります。(補足:動物の種類として似ていないということ。)ミノヒラムシのFr.M0、Fr.M10、Fr.M100は統計的に十分な差が出る数のリュウキュウナミウズムシに卵巣を形成させましたが、引き返し限界点を超える有性化活性はありませんでした(図4)。組織学的解析では、ミノヒラムシのFr.M10を食べさせたプラナリアでは卵巣以外の生殖器官が形成されていないことが分かりました(図5p-t)。卵巣の中には卵母細胞がありましたので、ミノヒラムシのFr.M10はステージ2まで有性化させることができると考えられます(図5q)。
 これまでの研究では、水に溶けるものにだけ注目してきました。本研究では、水に溶けにくいものにある有性化活性が初めて注意深く確かめられました。4種のプラナリアの酢酸エチル層は弱い卵巣形成活性を見せました(図4)。しかし、オオミスジコウガイビルの10倍量の酢酸エチル層は引き返し限界点を超える有性化活性を持っていました(図4)。このプラナリアは組織学的解析によって、ステージ5であることが分かりました(図6)。

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 数匹のプラナリアで小さな卵巣が確認できましたが、チャコウラナメクジには有性化活性はありませんでした(図4、5)。リュウキュウナミウズムシでは、外観からはほとんど分かりませんが、組織学的には無性の場合でも原始的な卵巣が見られます。チャコウラナメクジのFr.M0で観察された卵巣はこの原始的な卵巣とほとんど同じでした(図5u,v)。

水に溶けやすい決定的な有性化物質はペプチドだろうか?
 Fr.M0やFr.M10にある決定的な有性化物質は水に溶けやすいものになります。陸棲のオオミスジコウガイビルでも、強い有性化活性はFr.M0とFr.M10で見られました。これまでの研究で、イズミオオウズムシのFr.M0とFr.M10にある決定的な有性化物質は熱に対して安定であることが分かっています。このような特徴から、決定的な有性化物質はペプチドである可能性があります。そこで、決定的な有性化物質がペプチドであるかどうかを確かめるために、強力なたんぱく質分解酵素であるアクチナーゼEをイズミオオウズムシのFr.M0とFr.M10に作用させました。(補足:Fr.M0とFr.M10に含まれているたんぱく質やペプチドを分解させた。)アクチナーゼEを作用させたFr.M0とFr.M10でも有性化活性は弱くなることはありませんでした(図7)。これは決定的な有性化物質がペプチドではないことを示しています。

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淡水棲プラナリアが産んだ卵塊を食べさせる実験
 一部の目のプラナリアは、卵黄腺細胞と呼ばれる哺育細胞(卵に栄養を与える細胞)で満たされた卵黄腺を持っています。そのようなプラナリアはいくつかの受精卵とたくさんの卵黄腺細胞を持った卵塊を産みます。三岐腸目のリュウキュウナミウズムシでは、産まれたばかりの新鮮な卵塊には卵黄腺細胞があることが分かっています。これまでの結果から、決定的な有性化物質は少なくとも多岐腸目のプラナリア(ミノヒラムシ)ではなく、三岐腸目のプラナリア(リュウキュウナミウズムシ、イズミオオウズムシ、オオミスジコウガイビル)にあると考えられます。三岐腸目と多岐腸目の解剖学的な違いは卵黄腺があるかないかです。このことから、リュウキュウナミウズムシとイズミオオウズムシの卵黄腺(卵塊)に有性化活性があるかどうかを調べることにしました。予想したように、これらの卵塊を食べた無性のリュウキュウナミウズムシは引き返し限界点を超える有性化を示しました(図8)。

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[考察]

 無性のリュウキュウナミウズムシにエサを与える実験は有性化活性の測定に適しています。リュウキュウナミウズムシでは、ステージ2とステージ3の間に有性化の引き返し限界点があります(図3)。もし有性化物質が含まれているエサをやめてしまった場合、ステージ1とステージ2のリュウキュウナミウズムシは無性に戻ることが出来ます。一方で、ステージ3になると、エサをやめてしまった場合でもステージ5まで有性化は進みます。
 4種のプラナリアの中で、同種の有性化活性は他のプラナリアよりも低いこと、一方で、陸棲プラナリアのオオミスジコウガイビルのFr.M0が最も強い活性を持つことが分かりました。淡水棲と陸棲プラナリアの分子系統解析はサンカクアタマウズムシ科(リュウキュウナミウズムシ)はデンドロシーラ科(イズミオオウズムシ)よりもコウガイビル科(オオミスジコウガイビル)と近縁であることを示しています。陸棲のオオミスジコウガイビルが強い有性化活性を持つことはこの系統学的関係と一致する可能性があります。
 対照的に、海水棲プラナリアのミノヒラムシには十分な有性化活性はありませんでした。しかし、本研究の全ての種の中でミノヒラムシだけがFr.M100に有性化活性がありました(図4)。ミノヒラムシには非常に弱い有性化活性を持つ類似物質、またはD-トリプトファンのような卵巣を形成させるだけの物質を持つ可能性があります。チャコウラナメクジを含む軟体動物の腹足類では、D-トリプトファンを含むトリペプチド(3つのアミノ酸でできたペプチド)が神経ペプチドとして働いています。そのため、チャコウラナメクジにはこの神経ペプチドの分解物としてD-トリプトファンがあります。これまでの研究から、D-トリプトファンはFr.M0に最も多く含まれます。チャコウラナメクジのFr.M0に含まれるD-トリプトファンによって卵巣が作られた可能性があります。以上の結果から、水に溶けやすい決定的な有性化物質として共通な物質または機能的に類似な物質が、多岐腸目のプラナリアではなく三岐腸目のプラナリアにあると考えられます。
 本研究では、酢酸エチル層にある水に溶けにくいものの有性化活性を調べました。リュウキュウナミウズムシ、イズミオオウズムシ、ミノヒラムシでは、10倍量を食べさせても卵巣が作られただけでした。このことから、これらのプラナリアには水に溶けにくい卵巣形成物質があると考えられます。しかし、オオミスジコウガイビルでは10倍量を食べさせた場合に引き返し限界点を超える十分な有性化活性が見られました(図4、6)。オオミスジコウガイビルの水に溶けにくい決定的な有性化物質の存在は陸棲であることと関係している可能性があります。
 卵塊を食べさせた実験(図8)とアクチナーゼEを使った実験(図7)から、無性のリュウキュウナミウズムシに対する決定的な有性化物質は卵黄腺にあり、それはペプチドではないと結論します。(補足:Fr.M0とFr.M10にある有性化物質が卵黄腺にある有性化物質と同一であるかは直接的には確かめられていない。)
 オオミスジコウガイビルのエサであるチャコウラナメクジには有性化活性はありませんでした。つまり、オオミスジコウガイビルにある有性化活性はそのエサであるチャコウラナメクジに由来するものでは無いと考えられます。オオミスジコウガイビルにある決定的な有性化物質は卵黄腺で合成されている可能性が考えられます。
 本研究では、ウズムシ綱の中で大ウズムシである2つの目を材料として使用しました。小ウズムシである他の9つの目は小さいために材料として使用することを諦めました。しかし、小ウズムシの6つの目では三岐腸目のように卵塊を産みます。つまり、それらには卵黄腺があります。この卵黄腺にも決定的な有性化物質が含まれている可能性があります。

よろしくお願いします。