ヒトの色相-熱効果 ~照明が体感温度を変える~ 論文紹介

ヒトの色相-熱効果 ~照明が体感温度を変える~

論文名 Effect of illumination on perceived temperature
体感温度に対する照明の影響
著者名 Yoshiaki Tsushima, Sho Okada, Yuka Kawai, Akio Sumita, Hiroshi Ando and Mitsunori Miki
掲載誌 PLOS ONE
掲載年 2020年
リンク https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0236321

ヒトの感覚融合のひとつである色相-熱効果についての2020年の論文です。
 感覚融合は、漫画「感覚融合」で例を挙げたように、複数の感覚器官を通して同時に与えられた刺激によってそれらが融合したような錯覚を起こすことです。この論文では、そのひとつである色、特に色温度がヒトの体感温度に与える影響を調べています。
 普段の生活の中で、漠然と赤は暖色で温かく(暖かく)、青は寒色で冷たく(涼しく)感じるのはみなさんが認識している共通のイメージだと思います。この論文では、どうしてそのようなイメージを持ち、実際の認識に影響を与えてしまうのか、というメカニズムではなく、この色相-熱効果といわれる現象をいかに日常生活に活用していくかという点に、目的が置かれています。そのため、メカニズムではなく日常的な条件でその効果がどのようにしてあらわれるのかということを実験的に調べています。また、著者を見てみると、木村工機株式会社に所属している方が含まれています。この会社は業務用施設を対象とした空調機器メーカーです。より、効率的な空調、特に日本の夏における冷房の開発の一環として、産学連携によるこのような研究を行っていることが分かります。ですので、研究結果が社会の中で応用されることを前提とした研究という意味で、基礎研究よりも応用研究に近いものであると言えます。といっても、本研究結果からは、条件による認識の違いが明らかになりましたので、メカニズムを探るという基礎研究にとっても何かしらのヒントとなるかもしれません。
 この論文を読んでいて思ったことは、みなさんが持っている暖色と寒色について共通のイメージはいつどのようにして作り上げられたのかということです。この論文の内容とは少しずれてしまいますが、漫画「色と温度」で紹介した実験を幼児で行った場合にどういった結果になるのか、非常に興味があります。色相-熱効果のメカニズムが分かれば、この研究結果をより活用しやすくなるでしょう。まずは、この結果を社会に還元しつつ、より基礎的な研究が行われることを期待したいと思います。

補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。


この論文で分かったこと
・照明はヒトの体感温度に影響を与える。
・照明による体感温度への影響は、環境条件によって温度差を生み出したり、消し去ったり、ときには逆転させる。

[背景]

 私達の感覚システムは2つ以上の感覚様式からの情報を結合することがよくあり、これは感覚融合と呼ばれます。聴覚と視覚、視覚と触覚、聴覚と触覚などにある感覚融合について多くの研究があります。感覚融合についての多くの学術的な研究論文では、ある感覚様式が別の感覚様式に影響を与えることを示すことで感覚融合現象を明らかにしてきました。例えば、見ることと音の間にある感覚融合現象として、複数回のビープ音と同時に起こる視覚情報となる単回の発光は、複数回の発光として誤って認識されることが報告されています。しかし、そのような多感覚による錯覚を応用することは、日常生活において一般的ではありません。本研究の目的は、どのようにしてそのような現象を日常生活の中で利用するのかを探ることでした。
 現在では色相-熱効果と呼ばれる、認識された色彩によって涼しさ・暖かさの感じ方が影響を受ける現象が、約100年前に心理学者によって報告されています。色相-熱効果は、涼しい環境の色がより涼しい温度を認識させ、暖かい色がより暖かい温度を認識させることです。言うまでもありませんが、色相-熱効果は視覚と温感との感覚融合現象のひとつです。色相-熱効果については多くの研究がありますが、それについての科学的知識はまだ蓄積されていません。例えば、最近の研究から、色による先行刺激が温度認識に影響を与えることが分かりました。別の例では、温度の事前予測が直接的な接触温度に影響を与えると示唆されています。しかし、これらの研究で得られたデータのほとんどは、日常生活に適応するために利用されていません。その主な理由のひとつは、これらが、照明、色温度、そして湿度が適切に管理された条件で得られたデータでは無いからです。また、いくつかの研究と解析は、精神物理現象を経時的に理解するための対照実験が行われていないなど、精神物理学の学術研究に求められるレベルに達していませんでした。そのため、色相-熱効果の応用とシステムは、より実用的な条件下ではまだ開発されてはいません。
 これらの問題を解決するために、色相-熱効果、特に認識された温度と照明の関係を綿密に調査するための精神物理学的実験を行いました。特に、照明、色温度、そして湿度を含んだ実験条件を厳密に管理しました。さらに、色相-熱効果の経時変化をより理解するために、経時的な主観的評価を解析しました。ここで得られた結果は、色相-熱効果の心理学的メカニズムのさらなる理解と同時に、ヒトの感覚融合の現実世界での利用を考える手助けになるでしょう。

[実験方法]

 実験に参加した被験者は合計で118人で男性が66人、女性が52人でした。被験者は皆健康で、平均年齢が21.43歳でした。70人がメイン実験に、48人が対照実験に参加しました。被験者には日本の夏に着用する衣服であるTシャツとパンツを着てもらいました。最初に、待合室で実験指示を聞いた後に実験環境下でだいたい30分すごしました(図1a、c)。それぞれの被験者はランダムに、温度差0℃、温度差1℃、温度差2℃、温度差3℃の4つのグループのひとつに割り付けられました。温度差0℃は、27℃と27℃の部屋を、温度差1℃は26℃と27℃の部屋を、温度差2℃は25℃と27℃の部屋を、温度差3℃は24℃と27℃の部屋を行き来しました。日本の夏のエアコンの設定温度である27℃を基準にこれらの部屋の温度は設定されました。

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 先入観を持たないようにするために、被験者は同じグループ内で話をしませんでした。経時的に主観的評価を調べるために、2人から4人が部屋1または部屋2に入室し、20分間すごしました(図1b)。暖色照明は色温度3000K(ケルビン)、照度800lx(ルクス)に、寒色照明は色温度5500K、照度300lxに設定し、部屋内湿度は両部屋とも50%にしました。室内では、読書などをして静かに過ごし、0分から20分までの5分毎に体感温度を涼しいから暖かいまでをいくつかのレベルで表したスケール使って報告してもらいました(図1c)。
 部屋1または部屋2で20分すごした後、部屋2または部屋1に移動し、同様に、体感温度を報告してもらいました。被験者が部屋内で感じた温度に一貫性があるかどうかを確かめるために、時間を置いて同じ実験を行いました。そのため、被験者ひとりにつき、同じ部屋の体感温度を10回報告しました。
 対照実験として、2つの部屋間の体感温度の主観的評価の正確さを確認するために、照明と湿度が同じで、温度だけが違う2つの部屋を使って、同様の実験を行いました。2つの部屋の照明は色温度4500K、照度700lxに設定し、湿度は50%で、温度は24-27℃にしました。

[結果]

 メイン実験の心理学的データから、涼しさ・暖かさの感じ方は照明によって操作されることが分かりました。つまり、被験者は寒色・暖色照明ではより涼しく・暖かく感じました。よく分かる例のひとつは、被験者は物理的な温度が同じであっても、体感温度では温度差を感じました(図2、温度差0℃)。さらに、被験者の体感温度は実験部屋に入室したときから、少なくとも1℃の温度差を逆転していました。つまり、被験者は27℃の部屋で、26℃の部屋よりも涼しいと常に感じていました(図2、温度差1℃)。また、入室5分後には、照明によって被験者は2℃または3℃の温度差があっても温度差を感じなくなりました(図2、温度差2℃、温度差3℃)。このことは、このような錯覚が時間とともにより影響を与えている可能性を示しています。

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 同じ照明条件を使用した対照実験では、被験者は2つ部屋の体感温度の違いを報告することが出来ました(図3)。

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 特に、入室したときから、2℃の温度差を体感温度として感じることが出来ました(図3、温度差2℃)。このことから、本研究の被験者は、2つの部屋の少なくとも2℃の温度差を検出することが出来たことが分かります。
 異なる時間での評価の一貫性を調べるために、1回目と2回目の実験の報告を比較しました。結果として、メイン実験と対照実験の両方で系統的差異はありませんでした。このことから、経時的な効果の順序が本研究の主な発見に関係していないことが分かります。

[考察]

 本研究から、涼しさ・暖かさの感じ方は照明によって操作されることが明らかになりました。それには主に生成効果と除去効果の2つの効果があります。生成効果では、照明によって、被験者は同じ温度条件下でも体感温度に差を感じました(図4a上)。

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 除去効果では、照明によって、被験者は異なる温度条件下で体感温度が同じだと感じました(図4a下)。付け加えて、この効果は本研究では少なくとも3℃の温度差まで維持されました。さらに、もう一つの可能性のある効果として交換効果が示されました。照明によって、被験者は実際の温度が26℃と27℃でしたが、全く逆の体感温度、つまり、26℃の暖色照明の部屋では27℃の寒色照明の部屋よりも暖かく感じました(図2、温度差1℃)。本研究では、同じ照明条件で26℃と27℃の部屋の体感温度の違いを示していませんが(図3、温度差1℃)、照明は被験者の涼しさと暖かさの感じ方を交換する潜在的な能力がある可能性があります(図4b)。体感温度と照明との関係性についてのこれらの理論的解析は、ヒトの感覚融合と知覚のよりよい知識の形成に貢献します。
 付け加えて、本研究から、色相-熱効果の経時的変化の、特に体感温度と照明との関係性について2つの事が明らかになりました。1つ目は、効果は少なくとも20分は維持されることです。被験者は異なるまたは同じ物理的温度であっても、同じまたは異なる体感温度であると20分後でも報告していました(図2、3)。2つ目は、特に除去効果では、効果が現れるまでに少し時間がかかることです。例えば、被験者は0分後では24℃と27℃の体感温度の温度差を報告していましたが(効果なし)、5分から20分後では体感温度が同じであると報告しました(除去効果)。対照的に、生成効果では時間はかかりませんでした(図2、温度差0℃)。このことは、色相-熱効果において2つの別々の経時的変化があることを示しています。これらの経時的変化についての分析的視点は、光-空気融合システムのような日常生活に応用するシステムを開発するための色相-熱効果に対する新しい知見をもたらす可能性があります。
 一部の被験者がすでに色相-熱効果について知っていたために、単純に体感温度を報告したのではなく、色温度の視覚情報に従って過大に評価した可能性も考えられます。しかし、それはありえないでしょう。そのような場合は、被験者は暖色照明の部屋では一貫してより暖かい感じ方を報告するか、少なくともどの時間においても2つの実験部屋間で同じ程度の評価をするでしょう。しかし、被験者は温度差3℃の条件で、暖色照明の部屋に入室0分後の時点で涼しいと報告しました(図2、温度差3℃)。この結果から、この可能性を考慮しなくてよいと言えます。そのため、被験者は色相-熱効果に過剰反応することなく自身の体感温度を報告したと考えられます。つまり、本研究結果は、体感温度と照明の間にある色相-熱効果に関する精神物理学的に信頼性があり価値のある証拠と言えるでしょう。
 さらに、これらの結果は色相-熱効果を日常生活で利用するための開発だけでなく、省エネルギーの推進にも貢献します。日本の環境省による報告によると、夏期にエアコンの設定温度を2℃上げることで、約6.8%のエネルギー節約効果があります。本研究によって、照明が少なくとも3℃の温度差を除去する能力があることが分かりましたので(図4a)、夏期に設定を2℃変更した時に、照明によって体感温度としては変化を感じさせないことができるでしょう。言い換えれば、高エネルギーを消費するエアコンに頼ることなく、照明によってよりくつろげることができるでしょう。そのため、本研究結果は、省エネルギーと健康に対する政策にとって活用できる情報のひとつになるでしょう。
 本研究では、日本の夏に典型的な場所で特定の期間に一連の精神物理学的実験を行いました。得られたデータは科学的に信頼性のあるものですが、人間の生活空間は非常に広範なため、世界のすべての季節や条件に適用するには限界があります。例えば、湿度と暖房システムの違いから、日本の冬期に行う実験からは少し違った結果が得られると考えられます。そのため、本研究の知見を幅広い条件と場所に適用するためには、多様な条件下で同様の実験を行う必要があります。さらに、より実用的な重要性を発見するためには体感温度を含む感覚融合について理論的な理解を深める必要があります。最近の研究総説では、温度に基づく対応は「統計的」、「構造的」、「意味的」、「感情的」対応の枠組みから構成されていると考えられています。体感温度の感覚融合現象に対するそのような形而上的で分析的アプローチによって、色相-熱効果の新しい知見をもたらす可能性があります。今後の研究では、多様な生活条件下で色相-熱効果を利用することが必要とされますが、本研究は、色相-熱効果を日常生活に適用すると共に、社会のための新しい技術の開発に間違いなく役立ちます。

よろしくお願いします。