メダカの性転換 ~緑は性転換の光~ 論文紹介

メダカを緑の光を当てて飼育すると性転換するという論文です。
 魚の中には環境などによって、性が転換することがあります。サクラダイは産まれた時はオスですが、大きく成長するとメスになります。映画で有名なカクレクマノミはその集団のなかで一番大きなものがオスであとはメスです。このオスがいなくなると、2番目に大きなメスがオスになります。この様に、成長や体の大きさで性が転換するだけでなく、温度、pH、光の周期、密度などの影響で性が転換することが分かっています(漫画参照)。
 今回取り上げているミナミメダカについては、これまでに環境が原因で性転換は簡単にはおこらないことが報告されていました。また、ある色の光が原因で性が転換するという話は他の魚を含めて初めての報告となります。今回の論文では、どうして性転換が起こるのかについて踏み込んだ研究はされていません。しかし、メダカについては性を決定する遺伝子が分かっている数少ない動物の一つですから、性転換の仕組みを研究するには適した動物と言えます。今後の詳しい研究が楽しみです。

 補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。

論文掲載年 2019年
掲載雑誌 Scientific Reports
論文タイトル Green light irradiation during sex differentiation induces female-to-male sex reversal in the medaka Oryzias latipes
ミナミメダカでは、性の決定時期に緑色の光を当てることで、メスからオスへの性転換がおこる
著者 Oki Hayasaka, Yutaka Takeuchi, Kazuhiro Shiozaki, Kazuhiko Anraku and Tomonari Kotani
論文へのリンク https://www.nature.com/articles/s41598-019-38908-w

この論文で分かったこと
・ふ化したばかりのメダカの眼には緑色を感じる事のできるたんぱく質がある。
・緑色の光で育てた遺伝的にメスのメダカはオスの特徴を持つ。
・オスに性転換したメダカは子供を作ることが出来、子供は全て遺伝的な性決定がされる。

[背景]

 水生動物にとって、光は重要な環境因子と言えます。光周期や光度の成長や生殖に対する影響の生理的な仕組みについては多くの動物で研究が行われていますが、波長、つまり光の色が動物の生理学的な状態に与える影響についての研究はまだまだ限られています。例えば、硬骨魚の場合、緑色の光がメラニン凝集ホルモンの分泌を促すことで体の成長を刺激していることが分かっています。
 いくつかの種類の魚では、温度、pH、飼育密度、光周期といった環境因子が遺伝子型に基づく性決定や性転換に影響を与えます。高温によるオス化の仕組みについてはよく研究されています。ヒラメでは、高温にすることで、魚のストレスマーカーとして知られるコルチゾールが過剰に生産され、男性ホルモンを女性ホルモンへと変換するエストロゲン酵素を抑えることでオス化が起こります。また、ヨーロピアンスズキでは、高温により、エストロゲン酵素の遺伝子が出ないように制御されることでオス化が起こります。この様に、温度による性転換の仕組みは分子レベルで研究されていますが、特定の波長(色)が生殖腺の形成や性決定に対する影響については何も分かっていません。
 メダカの性決定の仕組みは、ヒトと同じくオスがヘテロ型のXY/XXです。性を決定する(オス化する)dmy (DM-domain gene on Y chromosome)と名前が付いた遺伝子がY染色体にあることが分かっています。ミナミメダカのHd-rRⅡ1系統は性の遺伝子型が体の色として分かるため、性決定の研究に適しています。(補足:系統は共通の祖先をもつ集団のこと。)Y染色体にある遺伝子によって赤味のあるオレンジ色になることが分かっていますので、この遺伝子により、Y遺伝子を持つオス(XY)では赤味のあるオレンジ色、Y遺伝子を持たないメス(XX)では白い色の体になります(漫画参照)。また、メダカは二次性徴として、オスとメスで背びれと尻びれの形に違いがあり、オスでは精巣、メスでは卵巣が作られます(漫画参照)。この様な特徴から、体の色(遺伝子型)と一致しない二次性徴によって性転換がおこったことを判別することが簡単にできます。通常、メダカは環境因子によって性転換が起こることは難しいことが分かっていますが、高温環境や性ホルモン管理といった人工的な条件では性転換が起こることも知られています。このような理由から、今回の性転換研究にメダカは適しています。
 光の刺激は、眼の網膜にある桿体細胞と錐体細胞を通して脳に送られます。錐体細胞は十分に明るい環境では、色を区別する働きがあります。色の区別は、錐体細胞にあり種類によって反応する波長(色)が違う、オプシンと呼ばれるたんぱく質によって行われています。錐体細胞にあるオプシンの種類は細胞ごとに決まっていて、細胞ごとに区別できる色が違っています(漫画参照)。メダカの成魚の目には紫外線、青色、緑色、赤色を区別する8種類のオプシンがあることが分かっています。メダカはふ化前後の数日で二次性徴を示す性が決定されることが分かっていますが、この時期にメダカの眼にどのようなオプシンがあるのかは調べられていません。
 本研究では、最初にふ化後3日のメダカの眼にあるオプシンの種類を調べました。その後、ふ化したばかりのメダカを白い光または緑色の光を当てて60日間飼育したのち、メダカの性について調べ、性転換が起こることを明らかにしました。

[結果]

緑色に対応するオプシンの遺伝子はふ化したばかりのメダカの眼で出ている
 メダカの眼で、成魚では8つの遺伝子全てが出ていることが分かっていますが、ふ化後3日のメダカでは5つの遺伝子が出ていることが、RT-PCRによって分かりました(図1)。

画像1

 5つの遺伝子は、1種類の紫外線のオプシン、3種類の緑のオプシン、そして2種類の赤のオプシン(RT-PCRでは1つの遺伝子として検出されている)でした。成魚で見られた2種類の青のオプシンの遺伝子は見られませんでした(図2)。

画像2

遺伝子型がメスのメダカにオスの特徴がみられた
 実験で使用したメダカの生存率はふ化後60日の時に約80%と高いものでした。白い光で育てたメダカ、緑色の光で育てたメダカの両方で、メダカの体の色と遺伝子型との関係に問題はありませんでした。つまり、オレンジ色のメダカではオスの遺伝子型にあるdmy遺伝子があり、白色のメダカではdmy遺伝子はありませんでした(図3)。

画像3

 緑色の光で育てたメダカでは、40匹全てのオレンジ色のメダカはオスの特徴である切込みの入った背びれと四角い尻びれを持ち、精巣がありました。白色のメダカでは15.9%のメダカ(44匹中の7匹)でオスの特徴を持つ背びれと尻びれがあり、精巣を持っていました(図3)。精巣を輪切りにして調べたところ、精細胞と精子を確認することができました(図3)。残りの84.1%のメダカはメスの特徴を持つ背びれと尻びれを持ち、卵巣がありました。白い光で育てたメダカでは、性が転換したメダカは37匹中に1匹もいませんでした。

性転換したメスは受精できる精子をつくり、その子供はすべてメスになった
 性転換したメスからは泳ぎ回ることのできる精子を採ることができました。その形をみると、通常のオスから採った精子と変わりはありませんでしたが、精子の濃度は通常のオスのものと比べて約50%低いものでした(図4)。精子やヒレからはオスの遺伝子型にあるdmy遺伝子はありませんでした(図4)。

画像4

 性転換したメスが生殖行動をするのかどうかを調べるために、2匹の性転換したメスをそれぞれ通常のメスとペアとして、生殖の条件に適した環境で1か月飼育しました。しかし、生殖行動も、放精(精子を出すこと)も観察できませんでした。そこで、性転換したメスから採った精子と通常のメスから採った卵を使って人工授精を行いました。受精はうまくいき、ふ化した18匹の子供を調べたところ、全ての子供はdmy遺伝子がありませんでした。また、ふ化後2か月たったメダカの生殖巣は全て卵巣でした(図4)。

[考察]

 本研究では、性決定時期に緑色の光を当てることが、メスから生殖能力を持ったオスへの性転換を引き起こすことが発見されました。これは、動物で特定の波長(色)の光が性転換を引き起こすことができることを示す最初の報告となります。
 野生のメダカでは、メスからオスへの性転換が起こる確率は0.98%です。今回の実験では15.9%で、野生のものよりも非常に高い確率でした。今回使用した系統ではなく、市販のオレンジ色のメダカを使って同様の実験をした場合では、性転換したメダカは現れませんでした(データは示しません)。高温飼育による性転換の確率は系統によって違うことが報告されています。つまり、緑色の光による性転換の確率も系統によって違ってくる可能性があります。ふ化後3日のメダカの眼には、緑色だけでなく紫外線や赤色のオプシンがありました。紫外線や赤色の光が性決定に影響を与えるかどうかについてはさらに研究が必要です。照射感覚や光の強さといった色以外の飼育条件の検討は、性転換を起こすために必要な条件を絞り込み、より効率よく性転換を引き起こすために調べる必要があります。
 今回の研究では、稚魚の眼に緑色のオプシンがあることを確認して実験を行いました。しかし、光を感じている細胞は眼だけではなく松果体や脳の深いところにもあることがメダカでは分かっています。サクラマスでは脳の深くにある血管嚢と呼ばれる組織にある光を感知する細胞が生殖腺の形成を制御していることが分かっています。メダカにおいても性転換を引き起こす緑色の光をどこで受け取っているのか、という重要な問題が今回の研究により生まれました。
 緑色の光が性転換を引き起こす仕組みついては分かりませんでした。しかし、今回の結果からは二つの仮説が考えられます。一つ目は、高温飼育による性転換の仕組みとして考えられているものと同様に、緑色の光がストレスとなり、ストレスマーカーであるグルココルチコイドが多量に作られ、男性ホルモンを女性ホルモンへと変換する酵素が抑えられることでオス化するというものです。もう一つは、特定の波長(色)の光の照射により細胞が死んでしまい、オス化するというものです。メダカでは、メスは生殖細胞をオスの5倍持っていることが分かっており、メスの生殖細胞を減らすことでオス化することが報告されています。光の照射により、特定の波長(色)の光により、活性酸素が発生し細胞が死んでしまうことは昆虫で分かっていることから、緑色の光によって生殖細胞が死んでしまったことによってオス化した可能性が考えらえます。
 多くの魚では、メスは成長率が高いため、オスよりも市場に早く出すことができます。また、チョウザメの卵(キャビア)のようにメスは価値の高い卵を生産する場合もあります。この様に、メスだけを効率的に飼育することは商業面において望ましいと言えます。オス化したメスを使うことでその子供は全てメスになります。そのための性転換したメスは、通常、稚魚に注意深くコントロールしながら男性ホルモン様物質を与えることで作り出しています。この方法は魚に悪影響を与えるだけでなく、生産者と消費者の安全面と環境への影響の両方に対する心配があります。今回の発見は、この方法よりも安全かつ低コストで商業的に利用できる性転換方法の確率につながることが期待できます。

よろしくお願いします。