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023 窓辺で本を-夕闇の川のざくろ-

雨が止んで、世界がみずみずしくなったので散歩に出かけました。
葉っぱの緑色は、雨が降る前よりも濃く見えます。土や家の屋根は水をふくんでどっしりとしています。
川はやはりカフェオレ色になって、いきおいよく流れています。
なにかを運んでいるように。ただひたすらに。

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江國香織さんの作品で「夕闇の川のざくろ」というお話があります。
もともとは絵本だったようですが、私は図書館で『江國香織とっておき作品集』という本の中で出会いました。その後、『江國香織童話集』に収録されていることを知り、すぐに購入しました。この本に入っているお話はほぼ全て読んだことのあるものだったので、「夕闇の川のざくろ」のために購入したと言っても過言ではありません。
そのくらい、私には印象的なお話でした。

「夕闇の川のざくろ」は、人を信じていない「しおん」という女の子と、主人公がビーフシチュウを作りながら会話を繰り広げ、「ほんとう」とはなにかを浮き彫りにさせていくお話です。

「物語の中にしか真実は存在しないのよ」
としおんは言います。
「しおんの話がほんとうではないことを、私はよく知っています」
と主人公は言います。

このお話は、主人公の視点で書かれているので、初めはそうか、しおんは嘘をついちゃう子なのかと思います。確かにしおんは毎回言うことが違うようですし、主人公のまわりにいる「みんな」もしおんを嘘つきと呼んでいます。

なぜ、しおんは嘘をつくのかしら。

そう思ったころに、「ほんとう」が読者に突きつけられます。
具体的には、主人公が買い物に出る前と、買い物から帰ってきた世界は、わずかに変わっているのです。そのことに、読者と同じ目線だったはずの主人公は気付かず(記憶さえ変わっています)、しおんと読者だけが発見するのです。

しおんは自分の見た「ほんとう」を話しているだけだったのです。
だから、周りから嘘つきと言われても平気だったのです。
世界は、ひょんなことから短編集のように新しい物語へと切り替わります。
それに気づいているのは、しおんだけだったのです。

読了後、私は自分を取り巻く世界や自分が持っている記憶のもろさと不確かさを感じました。今、こうしている間も世界は少しずつ変わり続けているかもしれません。
たとえば、雨が降った後緑色が濃く見えた葉っぱは、雨が降る前はそもそも緑色ではなかったかもしれません。

主人公は訊きます。
「人がほんとじゃないなら、何がほんとなの」
しおんはこう答えます。
「物語があるだけなの。それがぐるぐるまわっていてね、人なんて、それを運んでいるだけなのよ」

人は川かもしれません。
何かを運びながら、ときどきカフェオレ色になる川。

そんなのありえない、と記憶さえ不確かな私たちがどうして言えるでしょう。


とても美しくて不思議なお話です。
興味のある方はぜひ読んで見てください。

今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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