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137 音のない本屋

窓を開けると、すいっとさわやかな風が頬をなでます。
秋のにおい。クリアで少しだけ切ないような、心がしんとなる素敵なにおいです。

見上げると、あわあわと流れる雲ときれいな水色。
秋の空。さっぱりしたやさしさのある、明るい空です。

過ごしやすくなってくると、心に余裕ができるのかもしれません。
本屋さんに行きたくなります。

あなたのお気に入りの本屋さんは、どんなところですか。

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私は小学生のころ、学区内に図書館がないことにとても不満を感じていました。
いちばん近い図書館でも川を渡らないと行けず、川の向こう側は学区外。
学区外は一人で行ってはいけない、という決まりがあったので自由に行くことができませんでした。

ひと月からふた月に一度、母が学区外の図書館に連れて行ってくれましたが、返却に行けないという理由で、その場で読むだけでした。

そこで、よく本屋さんに行っていました。学区内には三つの本屋さんがありました。

1 広々とした総合本屋さん
おじさんとおばさんで経営されている本屋さんでした。
わりと広くて、入り口付近にはまんが雑誌やおしゃれな雑誌、奥に文庫本や単行本が置いてありました。画集や漫画はほとんど置いていなかったように思います。

よく、昔のまんがの中で本屋さんのおじさんが立ち読み防止のためにハタキを持って店内を見回りする場面を目にしますが、そこの本屋さんのおじさんはまさにそれをしていました。

そのため、ひとりの時はおじさんがいるときはお店に入らず、たまにおばさんが店番をしているときに入りました。おばさんはもの静かな人でしたが、たまに話しかけてくださいました。

「学校の宿題はしたん?」とか「あんたのお姉ちゃん、この前「りぼん」買うてくれたわ」など、たわいのないことをにこにこと話してくれました。

私はひどく内気だったので、もじもじしていただけですが、おばさんの優しい雰囲気が好きでいつまでも本屋さんにいたくなりました。


2 古漫画屋さん
そこは、若いお兄さんが(おそらく)一人で経営されていました。
まんがしか置いていない本屋さんで、細長い形の店内にびっしり天井までまんがが並べてありました。お兄さんは、いつもまんがの手入れや値つけをしていて、私が店内に入ってもまったく気にしていない様子でした。他のお客さんが入っても、いっさい「いらっしゃいませ」を言わなくて、もくもくと作業をしていました。

何度かまんがを購入しましたが、そのときも真顔で「どうも」しか言いません。そのぶっきらぼうな様子がなんだかとても自然に思えて、私はいい雰囲気のお店だなぁと思っていました。

あるとき、私が棚の上の方にあるまんがを取ろうと苦戦していると、お兄さんが助けてくれたことがありました。いつもカウンターで座っている姿しか見たことがなかったので、思ったよりも身長が高くて少し驚いたことを覚えています。

そのときにお礼を言うと、お兄さんはこう言いました。
「あ、そのまんがはおもしろくないよ」

えっ!とびっくりしましたが、そのままお兄さんはすたすたとカウンターに戻って座ってしまいました。その背中を見ていたら、私はおかしくなってしまいました。

おもしろくないなら、なぜ置いているの?
とか
それならまんがを取る前に教えてよ。あんなに上にあったんだから、もう戻せないよ
とか
じゃあおもしろいまんがはどれなの?
とか
言いたいことはたくさんあるのに、言葉はなにも出てこなくて、ただ静かに笑っていました。
(結局そのまんがは買いませんでした。お兄さんに「これはやめます…」とおそるおそる言ったら、うむ、と頷いて受け取ってくれました。)

ちょっと変わっていて、正直で、まんがに詳しいお兄さんがやっている本屋さんでした。


3古書店
おじいさんがやっている、小さな小さな本屋さんでした。
店内中に本があふれていて、お店の外にも本を並べたワゴンを出していました。
私がお店に入ると、おじいさんはちらりと私を見て「こんちは」と言ってくれました。
おじいさんは、いつも本の手入れか、読書をしていました。

その本屋さんでは、文庫本を一冊だけ購入したことがあります。
それが『西瓜糖の日々』(リチャード・ブローティガン著)。
おじいさんの古書店そのもののような静かな本です。
今も宝物にしています。

お店に電気はついているはずなのに、どこか薄暗いところが素敵なお店でした。

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この3つの本屋さんは、扱っているものも違えば、店員さんの雰囲気も違っていました。
しかし、共通点がありました。
それは、「静か」なことです。

3つとも、わりと大きな通りに面した建物の一階に入っているのに、お店に入るととても静かなのです。それは、古い本が醸し出す雰囲気なのかもしれません。ほこりっぽい空気のせいなのかもしれません。店員さんの口数が少ないだけかもしれません。お客さんがいないからかもしれません。

でも、その静かさは秋の空気とどこか似ています。

今、私がよく行く本屋さんは紀伊國屋書店や丸善、ジュンク堂、フタバ図書など大手書店です。大手書店はなんでもあって、行くたびにわくわくします。

でも、個人でされている書店の圧倒的な静かさはないように感じます。

今回のエピソードで出した本屋さんのうち、広々とした総合本屋さんと古漫画屋さんはすでになくなっています。総合本屋さんは焼き肉屋さんに、古漫画屋さんは美容室になっています。

最後の古書店は、おそらく今も経営されていますが、心なしかシャッターが降りている日が多いように感じます。

そのシャッターからは、ほんとうの静かさを抱えながら店の奥に並ぶ本たちの息づかいが今も聞こえるようです。

今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


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