マガジンのカバー画像

イラスト通信

49
テーマに沿ったイラストと文章コレクション
運営しているクリエイター

#エッセイ

158 レモン色のあわ

先日、レモンをいくつかいただいた。 くださった方の実家で実ったものだそうだ。 明るい黄色がまぶしく、鼻を近づけるときゅっと酸っぱい香りがする。 私の祖母の家にもレモンの木があった。祖母は十年以上前に亡くなり、すでに家は取り壊されたので、レモンの木がどうなったのかわからない。ただ、確かにあの場所で暮らしていた祖母とレモンの木を思い出して懐かしくあたたかい気持ちになった。 その日の夜、早速はちみつレモンを作ることにした。 キッチンの明かりだけつけて、レモンを洗っていく。

167 ももの香り、夏の音

雨を忘れてしまったような空。 きれいな青色はいつ見てもやさしい気持ちになる。 姪が遊びに来た。私が冷やしていた桃をむいている間、姪は椅子に座って床まで届かない小さな足をぱたぱた動かしている。 「このお家の近くにはセミがたくさん暮らしているのね」 姪がそう言い、私は驚いた。セミ? その瞬間、窓の外からセミの合唱が聞こえ始めた。 「ほんとうね。びっくりした」 私がそう言うと、姪はくすくす笑った。 7月の初めだろうか。 セミの声が聞こえはじめて、あぁ、今年も夏がきたなぁと

163 ぽんぽんアイスクリーム

天色が心地よい空の日。 しっかり暑くて、草も木も汗をかきそうな日。 図書館に行く途中で、マリーゴールドと出合った。 その山吹色の花は太陽のような明るさで花壇を彩っていた。 まぁるく愛らしい姿。その花壇の脇に小さな女の子がいた。 5歳くらいだろうか。黄色い帽子をかぶって、水色のチェック模様のワンピースを着ている。 花壇の周囲をぐるりとかこっているレンガのそばにちょこんとしゃがんで膝に手を乗せてなにかを見つめている。 私みたい、と思った。 私も幼いころ、やたらとしゃがんでは

161 言葉にできない気持ちに音楽が寄り添う

ふとんに入り目を瞑っても深呼吸をしてもねむれないので、ねむらないことにした夜。 夕方まで降った雨のせいで、空気がつめたくなっている。季節が曖昧になるつめたさ。窓をあけると、まだ潤いを帯びた空気がたっぷりあり、ほのかに甘い匂いがした。 ふるふるとした夜の空気を吸っていたら、ゼリーを作りたくなった。 冷蔵庫をあけたら、オレンジジュースがあった。 残念ながら、はりきって毎朝飲んでいたので、残りは少ない。 今度は戸棚を探す。みかんの缶詰めがあった。これでオレンジゼリーができそう

155 ホットケーキが焼けたら

少し暑いくらいの朝。 初夏へ向かう光が部屋を明るく照らしています。 数時間前まで空も部屋も真っ暗だったのに。 前の晩のことがふわりと頭をよぎります。 自宅の最寄り駅より二つ前で降りて、体を夜に浸しながら歩いていました。頭も体もへとへとなのに歩きたいと思ったのは、きっと酸素不足になっていたからでしょう。 夜風を切りながら歩を進めれば、今の状況と自分の想いと呼ぶにはあまりにも淡い心のかけらが通り過ぎていきます。 仕事に追われて、私のスピードでは時間が足りなくて、いつの間にか

153 花とパンの朝

外が淡く明るくなったころ。 パン屋さんの開店時間に合わせて家を出ました。 私は、この時間に外を歩くのが大好きです。 すこしグレイがかった一日の始まりの青空。土から香る湿った香ばしい匂い。やや霞んだ風景に朝日が透ける空気の美しさ。 誰もいない穏やかな静けさ。 地球を独り占めしているみたい。 早起きの特権です。 パン屋さんは、川を渡ってしばらく歩いたところにあるので、川に沿って歩きます。夜は隠れて休んでいた鳥たちが、もう水上でおしゃべりしています。 ふと見渡すと、ついこの

150 いつかのあずき

その日は、朝から格段にさむくて、どことなくよそよそしい空でした。 風が止んでも、お昼になっても、静かで圧倒的な冷たさを空気の粒は纏い続けていました。 「雪が降るみたいですよ」 だから、会社の人の一言は、ひとつの答えでした。 雪! 温暖な気候の土地で生まれ育った私にとって、雪はあこがれでした。 もちろん、これまでも雪が降ったことはあります。 年に数回は降ります。 それでも、降っては消えてゆくお砂糖のような雪は、特別な冬の妖精。 心躍らずにはいられません。 つい、北の方

147 いちごと光

冬の光は、やさしくてあまいね。 こう言ったのは、中学校のT先生でした。 背が低くくて、ショートカットで、丸い眼鏡をかけていて、英語を担当していた女性の先生でした。中学生になって、はじめて担任になった先生です。 私は、勉強があまり好きではない中学生でした。 それよりは絵を描いたり、本を読んだり、部活動に励む方がずっと楽しくて集中できるのでした。補習にかかってしまうと部活動に支障をきたすので、赤点にならないように最低限の点数だけとっていました。しかし、英語で毎時間実施される小

142 ビオラとラ・フランス

夜から朝に向かうとき、ぼんやりと空を見つめる時間が好きです。 気温が下がるにつれてぴんと固くなった紺色の空が、光の力で徐々にブルーグレーや優しいブルーになっていく姿は、素晴らしく美しい風景です。窓から見えるビルや木々、雲の輪郭もはっきりしてくると、「今日の準備」が始まったとうれしい気持ちになります。 部屋の中も明るくなってきて、目に入ったのはビオラの鉢植えとラ・フランス。どちらもお見舞いでいただきました。 ビオラは鉢植えに愛らしくたっぷり咲いていて、とても華やか。 ひとつ

139 次につながる種

11月最初の朝。からりと冷たい空気が窓ガラスから伝わってきます。 きっとさむいよねと思い、カーディガンを羽織って、からからからと音を立てながら窓を開けたら新しい空気が入ってきました。 すっきりとしていて、透明で、やっぱり冷たくて。お水のような空気でした。 ほんの少しの間目を閉じて、飲みもののような空気を全身に行き渡らせます。体がしゃきっと目覚める、ささやかな魔法。 しばらく窓を開けたまま、朝食の支度をします。 お湯をわかして、昨日作ったスープを温めて。 そうそう、ぶどうが

133 やさしい無花果

これまで生きてきて時間が止まった経験はないのに、そして時間は止まらないことを知っているのに、なぜか停滞している、と感じることがあります。それは、残暑が続いているからかもしれませんし、コロナウイルスの影響で自粛が続いて、何ヶ月も同じような休日を過ごしているからかもしれません。 朝から夜まで暑くて、仕事から帰っても部屋の中がもわもわと暑い。 いつまで停滞しているんだろう…。そんなことを思ってしまう夜もありました。 8月半ばから、また仕事が忙しくなりました。そんなときに限って、

109 春のおやつでやさしい気持ちに

透明な雨が止んだら、すっかり春らしくなってきました。 気がついたら3月。またひとつ、節目の月がやってきました。 年度末ということでばたばたとすることも多いのですが、人と話すときはひと呼吸おいてやさしい言葉選びをしたいものです。 小学生のころ、校長先生がお話しされたことで印象的だったことがあります。 「口から毒を吐くか、花を出すか」 これは、人に対してどんな言葉をかけるか、ということだったと思います。 毒を吐けば、相手は苦しみます。花を出せば、相手は笑顔になります。 言葉

106 朝食をともにするのは特別なひと

少しずつ、ほんの少しずつですが、朝の明るくなり始める時間は早くなってきています。 スーパーマーケットには、いちごが並んでいます。 つめたい空気の中に春のつぶがひとつ、ふたつと増えてきています。 今年は暖冬でしたが、それでもやっぱり春が近づいてくるとうれしい。 立春が過ぎて、春をひとつずつ見つけるのが今の楽しみです。 明るい春の朝に食べたくなるものはありますか。 私は…やっぱりパン!それも、さくさく系のパンを食べたくなります。 例えば、かりっと焼いたうすいトーストや、バタ

101 お家シネマ

目が覚めたとき、ほんの一瞬あれ?と思うことがあります。 あれ?私はだれだったっけ、と。 ほんのほんの一瞬です。お砂糖のひと粒くらい一瞬です。 もちろんすぐにだれかはわかります。 昨日のことも覚えていますし、ベッドが置いてある部屋がどこかも理解しています。 その日がお仕事なのかお休みなのかも、(やや時間を置いて)わかります。 そして、その頃には目覚めた一瞬の疑問は消えています。 こんな風に思う朝は、たいてい理由があります。 それは、夢物語を見た日です。 私は、ときどき、と