大衆酒場バクダン
「むかし住んでたところを google ストリートビューで見るとおもしろいっすよ」
そう友達に教えられ、なるほどそれも一興だ、ストリートをビューしてみたときの話です。
ほーん、なつかしいなあ。なんてへらへらしながらマウスをクリックするうちに思わず「うわあああ!」と声を上げてしまったのが上の写真、大衆酒場バクダンでした。
話は約15年前にさかのぼります。なんの因果か東京都板橋区に住んでいたぼくは、思い立ちました。これじゃあいかん! と。
仕事も少しずつ増えてきた。年金こそ滞納しちゃってるけど、 とりあえずは健康保険に加入できる程度にはお金もできてきた。この先どうなるのかまったくわからないけど、去年以上に悪くなることはないだろう。もう少しいい仕事ができたり、お金が入ったりするのだろう。 ざんねんながら彼女はいないけど、特別ほしいわけじゃないし、それより先にやることがあるよな。自分がめざしてた場所はこんなところじゃないよな。と、そんな時期でした。
まあそうした状況もあってか当時は哲学書にハマっていた時期でもあり、小説だけではわかんない諸問題の答えをいろんな哲学書に求め、 かなり鬱々と過ごしていたように思います。
そしてあるとき、気づくのです。 文学もいい。哲学もいい。むつかしい映画だっていいだろう。
でも、人生はどうなんだい?
お前が「答え」を見つけたところで、その人生はハッピーなのかい?
要するにお前、友達はいるのかい?
……そう、20代前半までの人生をずっと福岡で過ごしてきたぼくには、東京という土地にひとりの友達もいなかったのです。
過去の経験から照らし合わせて考えるに、友達ができる場所といえば、学校かバイト先しかない。けれども自分の身分はフリーランス。どうやら仕事を通じて友達をつくるのはむずかしそうだ。だって見てみろ。こうして一所懸命、何年も働いてきたのに、友達と呼べるような友達はまだひとりもできていないじゃないか。
なるほど。これから気心の知れた友達をつくろうと思うなら、学校でもバイト先や仕事関係でもない、まったく新しい「第三の道」を選択せねばならんのだ。 みんなそっちを歩いてるのだ。
そう結論づけたぼくは、近所でいちばん常連客がたむろしてそうな店、 すなわち上記の「大衆酒場バクダン」に狙いを定め、 毎晩のように同じ席に陣取って、気心の知れた飲み仲間をゲットすべく飲食活動に励んでいました。共通の話題になればいいなと、哲学書やら文芸書やらを持ち込んで。
しかし、店のおばちゃんはテレビに夢中で客の顔を見ようともせず、ひとり飲みしてる常連客のおっさんたちも、孤独を愛する人種のよう。楽しげに騒いでる人間といえば同僚と飲みにきたサラリーマンしかおらず、ぼくがこの店で学んだことといえば、「あぶった厚揚げにネギをのせてしょうゆをかけるとうまい」というささやかな事実のみ。
結果、友達どころか注文以外にはほぼひと言も声を発することなく、1年ほどでバクダンから撤退したのでした。
40歳を超えた現在、ふたたびストリートビューを見て思います。
ああ、今日もこの大衆酒場には、あれこれ暗いこと考えてひとり酒をしている若者がいるのかな。もしもいるんだったら、誰でもいいから声をかけてあげてほしいな。15年前のぼくに、声をかけてほしいな。あぶった厚揚げでも食べながら、なんでもいいから話を聞いてあげてほしいな。と。