見出し画像

本を測るモノサシ

なんだか、むずかしいことになってしまいました。

率直な気持ちを語れば「自慢かよ!」と思われかねず、かといって過度に謙虚なことばを並べても、そこには嘘が混じってしまう。いちばんスマートな態度は「語らないこと」なのでしょうが、このタイミングでことばにしておかないと、そうそう語る機会もないことでもあります。

『嫌われる勇気』の Amazon レビューが1000件を超えました。

ぼくが知っているかぎり、ほかにレビューが1000件を超えている本といえば、百田尚樹さんの2冊(『永遠の0』『殉愛』)くらい。それで今日ここに書きたいのは、レビューの数ってどう考えればいいんだろう? というお話です。

もともとぼくは、Amazon さんにしろ、ほかの書店さんにしろ、ランキング自体にさほどの価値をおいていません。もちろんランキングで上位に食い込めばうれしいし、こころのなかのこびとさんがスキップしたりはするのですが、それは脊髄反射としての一喜一憂で、ほんとうのモノサシは別のところにあると思っています。

モノサシのひとつは、当然ながら「部数」です。

よのなかには「出版することに意義がある」という本もたくさんありますが、そこの決断ができるのは、印刷から在庫・返本のリスクを負う出版社であり、編集者だけです。そのへんのリスクから切り離された立場にいるかぎり、ぼくに「売れなくてもいい」の選択肢は存在しません。

なのでぼくは、自分に与えられた役割を「本のかたちにして残すこと」ではなく、「本のかたちにして、たくさんの読者に届けること」だと考えています。その意味で部数は「どれくらい届いたか?」を判断する、いちばんわかりやすいモノサシです。さらに過去の経験上、良書であることとベストセラーの両立は十分可能だと思っています。

そしてもうひとつ。ここ数年、とくに大切にするようになったモノサシが、「レビュー数」です。

Amazon はもちろんのこと、「ブクログ」や「読書メーター」といった書評サイトに、何件くらいのレビューが投稿されるか。このとき、星の数や投稿内容に一喜一憂することは(一喜も一憂も)賢明な態度とは言えないでしょう。でも、レビューの数については真摯に受け止めるべきだと思っています。

リツイートや「いいね!」の1click 意思表示に慣れきったぼくらにとって、「ある本を読むこと」と、「その感想を文章にして投稿すること」のあいだには、かなりでかい壁がそびえ立っています。140文字のつぶやきならまだしも、感想を Amazon や書評サイトに投稿することの面倒くささたるや、相当なものです。プラスにしろマイナスにしろ、よほど心を動かされないかぎり、レビューを書くまでには至らないのではないでしょうか。

その意味でレビューの数は、「動いた心の数」と言っても差し支えないのではないかと思っています。

……と考えたとき、1000件のレビューが並んだことのありがたさと途方もなさに、スキップするどころか椅子に正座して背を伸ばす自分がいるのです。もっと、もっと、がんばらなきゃいけないぞ、と。

レビューを書いてくださったみなさま、そして読んでくださったみなさま、ほんとうにどうもありがとうございます。まだまだ精進いたします。