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ぼくがいちばん「無敵」だったとき。

高校3年生に3学期は、ほぼない。

いや、いまの時代の話は知らないし、公立校だとまた違うのかもしれないけれど、すくなくともぼくの通った私立高校では、3学期がほとんどなかったと記憶している。受験と、補習めいた時間と、卒業準備のあれこれで、授業らしい授業はなかったはずだ。というか、「いえーい。もうなんにもしなくていいぜー!」と思った記憶だけがある。

結果、ぼくは3学期に入ってから卒業するまでのあいだ——あるいは大学に入学するまでのあいだ——アルバイトにいそしんだ。博多駅近くのホテル、そのレストランの厨房で、皿洗いのアルバイトに励んだ。レストランには、同時期に入った3人組の女の子がいた。彼女らもやはり高校3年生で、卒業までの暇な時間をアルバイトにあてていたのだった。男子校の運動部で育ったぼくは、ひさしぶりに接する「同級生の女の子」をうれしく思い、3人のうちひとりに、わかりやすく恋をした。

で、きょうは別に淡い恋の思い出を語りたいわけではない。ぼくが恋をした女の子とは別の、3人のリーダー格だった小柄で華奢な女の子との思い出を語ろうと思う。

バイトが終わった駅までの帰り道、たまたま彼女と一緒になった。デザイン系の短大に進学するという彼女は、たしかに3人のなかでいちばんおしゃれだった。地下鉄の駅まで続く、地下街のまんなかをふたりで歩いていた。


「やっぱ服が好きやけんさー。デザイナーになりたいっちゃんねー」

そんな感じの福岡弁で、彼女は自分の将来を語った。

「古賀くんは、なんかあると?」


ほんとうは当時、映画監督になりたいと思っていたのだけれど、進学先もそれで決めていたのだけれど、どういうわけだかぼくはそれを口にすることができなかった。


「とりあえず、スーツ着てネクタイ締めるような仕事は嫌やねー」


かろうじて出てきた「うそじゃない考え」に、彼女は「わかるー!」と同意し、ぼくらは天井を見上げるようにしてけらけら笑った。駅までの道を行き交うスーツ姿のおじさんたちが、みんな表情のない昆虫みたいに思え、なおさらけらけら笑った。ぼくらは無敵で、これからなんだってできるのだし、ぜんぶが自分の思いどおりに進むのだし、ここにいる退屈なおじさんたちをみんな蹴散らしてやれると思えた。

大人になってからも大抵のものは取り戻せると、ぼくは思っている。けれどもああいう無敵感は、どうやっても取り戻すことができない。若さと馬鹿さを持った人間が、これからあたらしい扉を開けようとしている——つまりは比較や評価や競争や現実やにさらされていない——わずかな人生の刹那にだけ、あの種の無敵感が訪れるのだと思う。

ぼくが人生のなかでいちばん無敵だったのは、夢を語ることさえしていなかった、高校生でも大学生でもない、あのバイト帰りの地下道なのだ。