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あこがれの店長さん。

あこがれの店長、というべきひとがいる。

一度しか会ったことのない、名前も知らない、それどころかなんていうお店の店長だったかも失念してしまった、けれどもあこがれの店長である。ぼくは彼を、半蔵門の定食チェーン店でお見かけした。たぶん十五年近く前、まだ二十代だったかもしれないころの話だ。

厨房には四十代くらいの店長と、大学生らしきアルバイトの男の子がいた。おそらくは焼肉ランチ的なものを注文し、料理を待っているあいだぼくは、彼らの会話に耳を傾けていた。


学生「ねえ、店長。店長ってどんな音楽聴くんすか?」

店長「おれ? なんでも聴くよ」

学生「なんでもって、どんなのですか?」

店長「おれらの世代でいうと、サザンとか、佐野元春とか、達郎とか……」

学生「(流して)あー、知らないんだろうなあ。店長知らないんだろうなあ」

店長「なにを?」

学生「おれ、GLAY好きなんですけど、店長なんでGLAYはRのGRAYじゃなくって、LのGLAYか知ってます?」


おれ「……(知るか!)」


盗み聞きするようで申し訳ないと思いつつも、思わずこころのなかで吐き捨てるようにつぶやいてしまった。なめんなクソガキ、と自分のクソガキ性を棚に上げつつ思った。こんなクソガキ、叱り飛ばしてやるがいい。店長の叱責を期待した。ところが店長の発したひと言は、次のようなものだった。


「へえ、知らない。……教えて?」


ぼくが(得々とした説明を聞いたはずの)GLAYのLがRじゃない理由、をひとつも覚えていないのは、このときあまりにもびっくらこいたからだ。

口ぶりから察するに、たぶん店長はGLAYに1ミリも興味がなかった。けれども大学生のバイトくんに敬意を払い、競争のピンポン球を打ち返すことをせず、すなおに「知らない」を言い、「教えて」とまで言った。

なんか、こんなおとなになりたいなあ、と思ったのだ。


うーん、まだまだぜんぜんなれてないです。フリーで生きてきた唯一の無念は「かっこいい先輩」と一緒に働けなかったことですね。