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2018年10月の記事一覧
彼らが旅を続ける理由。
きょう、ぼくはポール・マッカートニーのドーム公演に行く。
ポールといえば1年半ほど前に来日したばっかりで、そのときにもドームと武道館、両公演を観に行った。それでも今回、またしてもドームと両国国技館の両公演に行ってくる。ドタバタと忙しくしてるのに、このまえ行ったばかりなのに、性懲りもなく行ってくる。
ポール・マッカートニーのなにがすごいのか。きょうはその話をしたい。
たとえばポールが、All
紹介者、という仕事。
検索したけど見つからなかったので、記憶にまかせて書く。
いまから15年ほど前のこと。ある芸人さんが「ガッツ石松の珍言・迷言」を歌にして、それなりにヒットしていた。もともとガッツ石松さんや長嶋茂雄さん、村田英雄さんらの真偽不明な(というかほぼ創作の)珍言・迷言を持ちネタのひとつとしていたビートたけしさんは、彼を見て「もったいない」と言った。「ああやって1本のネタにしちゃったら、ブームになって、消費
金曜日の美容院にて。
だいたいにおいてぼくは、人をちゃんと見ていない。
女の子が髪を切っただとか、今日はメイクがばっちり決まっているだとか、そういうものをほとんど見ていない。ぼわっとした全体像と、せいぜい瞬間の表情を見るくらいで、髪だの服だのメイクだのの変化に、ちっとも気づかない。相手が女の子であってもそんな調子なのだから、男の子(おじさん含む)の変化など、気づくはずがない。見るはずがない。
先週末、久しぶりに美容
どうして書くのと聞かれたならば。
12月の中旬に、1週間ほど海外に行く予定が入っている。
その地はどうやらネット環境がよろしくないというか、一抹の不安があるらしい。それで、もしもネットがつながらなかった場合、ここの更新どうしようかなあ、などとずいぶん先の心配をしている。
たとえば事前に5本ぶんとかの原稿を書いておいて、それを予約投稿するのだろうか。まあ、それがいちばん現実的なのだけど、とはいえ一気に5本も書くというのは時間もか
ハウツーではなく、方法でもなく。
そういえばぼくは、ひとつも「方法」を書いていない。
自分が普段書いている note を振り返って、そんなことを思った。つまり、「あたなの文章が劇的におもしろくなる5つのテクニック」だとか「仕事が途切れないフリーランスになる10の習慣」だとか、まあその手の話をひとつも書いていない。そういうコンテンツに一定の需要があること、少なくともぼくが毎日だらだら書いてる個人的な四方山話より広く求められているこ
ワンダフル・トゥナイトと無精ひげ。
「ワンダフル・トゥナイト」という曲がある。
エリック・クラプトンによる1977年のヒットソングだ。なんとも甘ったるいというか、過剰にもほどがあるくらいメロディアスなバラードで、たとえば「ティアーズ・イン・ヘブン」という曲もそうなのだけど、クラプトンという人はどうも自身の音楽的ルーツ(ブルース)とはかけ離れた場所で代表曲が生まれ、評価され、消費されて誤解を招き、とはいえおかげでいつの時代もポピュラ
わたしの「自分インタビュー」。
聞かれれば答える。もしもあなたが望むなら、それについてお話しする。
好きな色から好きな食べもの、はたまた政治信条から信仰心の有無やあり方まで。いろんなものごとについて「聞かれれば答える」のスタンスを守っている人は、意外と多いのではないか。わざわざ自分から言うことはしないけれど、考えがないわけじゃないし、聞かれたときにはちゃんと答えますよ、と。ぼくは完全にそのタイプだ。
インタビューという場がお
なんの話をしてんだか。
たとえば今日のような日に、ずいぶん寒くなってきましたね、と書く。
十分に成立する話で、まったくそのとおりですなあ、なんて賛同を得られる話題でもあると思う。また、季節の変わり目という共通項から、紅葉について語ったり、ブタクサ花粉症について語ったり、コンビニおでん、定食屋のカキフライなどについて語ることも可能だ。語ればまた、そこから次の話題に転がっていくだろう。おもしろい話につながることもあるだろう
誰から頼まれたわけでもないもの。
毎日書くことはつらくないのか。
note の週日更新をはじめて3年と10か月。何度か訊かれたことがあり、何度も自分に問いかけたことのある話だ。つらいなあ、と思うこともあるはずだけど、へっちゃらだよ、と思っている時間のほうが多い気がする。
へっちゃらの理由を考えてみると、ひとつにこれは原稿料をいただくタイプの「仕事」ではない、という点が非常におおきい。いちおうは「もの書き」を職業としている人間な
すべてのアスリートは先輩である。
きのうの帰宅後、録画していたサッカー日本代表戦を観た。
強豪ウルグアイを迎えての親善試合。立ち会い出産だったかなんだったかのためにスアレスが参加していないとはいえ、それでもウルグアイだ。ロシアW杯のポルトガル戦で、ぼくが大会ナンバーワンと記憶するスーパーゴールを決めたカバーニ要するウルグアイだ。
試合の詳細については書かない。ただ、若手選手が大活躍した試合だった。中島、南野、堂安の3人はさっそ
振り向かないおじさん。
日記なのかなんなのか、もっとつけておけばよかったなあ、と思う。
たとえば二十代の自分がなにをしていたか。どんな仕事をしていたのか。そのへんについては書いていた雑誌を思い出したり、つくっていた本を思い出したり、付き合っていた編集者を思い出したりすれば、なんとなくわかる。あるいは「あいつとあの店で飲んで、こんな話をしたっけなあ」みたいなことだって、思い出せるのかもしれない。当時の冬はあのコートばっか
スーパースターを見上げるとき。
先週、ジョン・レノンの誕生日を知らせるツイートを見た。
1940年生まれ。生きていたら78歳なのだ、ジョン・レノンは。
わりと多くの人がそうなんじゃないかとは思うのだけど、ジョン・レノンの40歳という享年は、同時代をちゃんと生きていない(ぼくはその訃報を通じてジョン・レノンの存在を知った世代だ)ぼくにとっても、なんだかおおきな重しだった。自分が40歳になったとき、最初に思ったのは「不惑かあ」で
ポケットのよろこび。
この感動を忘れないようにしたい。
最寄り駅の改札をさっとくぐり、ホームへと続くエスカレーターに乗り込むときにぼくは、つよくそう思った。いったいなにに感動したのか?
ポケットである。
Suica の入ったキーケースを上着のポケットにしまう際、ぼくは心の底から上着サイコー、と思った。ポケット最高ー、と思った。ふつうに上着を羽織る季節になったおかげで、ポケットという格納庫が倍に増えたこと。それがも