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昔、仕事で落ち込んでいたあなたへ

なんか嫌だ。あなたは昔よくそう言っていた。

何が嫌なの? 僕が聞いても答えはなかった。愚問だったといまならわかる。

何かが嫌なのではない。嫌な対象があるならそこから離れるか無くしてしまえばいい。でもそれができないから嫌なのだ。

自分自身のどこからか生まれてくる嫌を、あなたはどうしようもなく全身にまとって仕事をしていた。

あなたが新卒で入った編集プロダクションは激務だった。ピークになると日付が変わってから入稿を終えてタクシーで帰る日が続く生活。それでも遅刻やサボり休みは絶対にしなかった。そんな隙を会社で見せたくない。そう言ってた。

金曜日の夜が嫌だ。あなたはよく言っていた。世の中の人たちが浮かれて街に溶け出す時間。あなたの表情は翳った。

日曜日の夜が嫌なのはわかるけど、どうして? 僕がたずねると、あなたはこう言った。休みが始まって終わるのを想像すると嫌になるから。

それぐらい、ぎりぎりのところであなたはがんばっていた。

そんな働き方をずっと続けられるはずはなかった。仕事で涙を見せないあなたの魂と細胞が苦しそうに何かを訴えていた。

何がしたいかがわからない。あなたはよくそう言っていた。

僕から見れば写真宇宙も持ってるし、降ってくるキャッチコピーのセンスもあるし、一筋縄ではいかないタレント、俳優さんたちから信頼される仕事もしてきたし(これは編プロやめてからの仕事)、合格率がだだ下がりした年の国家資格を一発で合格したし「やればできる子」タイプなのに、自分に本気で自信がなかった。

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そんなあなたが変わった。ちゃんとデザイナーを名乗ることを自分で宣言したんだ。

それまでデザインの仕事を頼まれても、わたしはデザイナーじゃないからと言っていた。自分はちゃんとしたデザインの修業をしてきたわけではない。DTPや編集デザインはやってきたけど、世間でいうデザイナーではないからと。

そうかな。僕はいつも思ってたしあなたにも言った。

デザイナーの属性に仕事を頼みたいんじゃないと思うよ。あなたにやってほしくて、あなたに頼みたくて話が来るんだから、それでいいんじゃないのかな。いや、むしろそっちのほうが大事な気がするんだ。

言ってることはわかる。あなたはそう言った。頭ではわかるけど腹落ちはしないんだと。

正直、なんでそんなに自分を否定するんだろうと思ったこともあった。悔しい。なぜ。僕の中にもうまく言えないものが渦巻いた。

だけど、それは違っていた。ああ、と思った。答えが出てるのに、なぜまだ問題を解こうとするんだろう。勝手な正解を僕は押し付けるつもりはないのに、押しつけるのと同じことをしそうになってた。

無意識レベルかもしれない。あなたが僕が見つけた「答え」に腹落ちしないことが、どこか、一緒にいる僕に意味がないことになるのを恐れていたのかもしれない。そこを一緒にするのはおかしいのに。

本当に大事なことはそういうことじゃないんだ。僕もわかってるはずなのにわかってなかったんだろう。

みんながあなたをデザイナーと呼ぶのなら、悩んでる間にデザイナーの仕事をしたほうが早いじゃん。どこかで僕がそう思ってたのかもしれない。でも、それで無理無理走ったらあなたはずっともやもやし続けることになる。

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たしかに、あなたは「デザイナーらしく」はないかもしれない。なぜなら見た目のデザインだけをしたいわけじゃないから。

その人がもともとどんなものを持ってる人なのか。仕事をしながらどうなりたいか、どうありたいか。そんなところから話を聞くし、どうすれば思い描いているものが実現できるかを一緒に考える。

そうやって、相手の「仕事と生き方で大事にしてること」も目に見えるかたちでデザインしていく。広義でのデザイナーだ。いろんなツールやかたちになるもののデザインは、その一部なんだ。

「デザインのためのデザインじゃない仕事」で一緒に伴走できるのが楽しい。あなたはそんなふうにちゃんと言うようになった。

広い意味でのデザイナーとしてお客さんに寄り添う。そう決めて宣言して、いくつかの小さなクライアントのサポート契約もいただいた。

スポットではなく半年、1年と一緒にいろんな発信やファンづくり、コミュニケーションまで含めて「デザイン」をしていくのだ。もちろん、その中で必要な制作物もデザインする。

そうやってると、デザイン事務所からも仕事を頼まれるようになった。デザイン事務所からデザインの仕事を発注されるのだから、それは世間で言うデザイナーじゃん。

あるスマートウォッチのリーフレットデザインの仕事では、キャッチコピーも提案して採用されてた。すごいな。

昔、何がしたいかがわからなくて自分が嫌だったあなたが、自分の歩き方とスピードで「デザイナー」と宣言したら、全部、いままでやってきたことがつながった。

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自分の生き方から得たものを今度は誰かのデザインのために仕事を通してシェアしていく。

僕は、そんな仕事こそ本当の意味でデザインだと思う。自分で自分の生き方も仕事もつなげて遠回りしながらでもデザインする。

スマートじゃなくても、何かの流行りに乗っかったり借り物じゃなく自分でつくったものは唯一無二のデザインだなと思う。

生きることを仕事にしたい。意味の分からないことを言う僕にも「そのとおりだね」とあなたは言ってくれる。そんな何気ない言葉にいつも僕はチャージされて生きてる。

同時に、じゃあ僕にできることは何だろうと思う。僕にはどうやらあなたのようなデザインセンスはない。人生が不器用でちっともデザインされてない。

だから、一緒に人生のデザインの材料をたくさん見つけたいと思う。生きることを仕事にする旅をしながら。Illustratorでいえば、あなたのアートワークになる。意味が分からないって言われそうだけど。

そんなスタイルはなかなか伝わらないかもしれない。カッコよくもないしね。でも、あなたをずっと見てきた僕には言わせてほしい。

妻へ。あなたはデザイナーだよ。