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なぜ、あの飲食店本を読みたくなるのか(その4)人生のセーフティーネットとしての飲食店

ライターは妄想をよくする職種だ。しないよというライターもいると思うけれど、僕はする。

妄想といってもあらぬことではなく、たまたま目に入った何かについて、その「何か」が持っているヒストリーや現在、あるいは未来を勝手に妄想するのだ。

店をやるという選択肢が人生にあってもいいのかもしれない。そんな気になるbar bossa林さんの売れてる新刊『なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか』をめぐるインタビュー。(前回はこちら)

たとえば、街を歩いていてどうしてだかわからないけど「何か気になる建物」に出会う。その建物に入ってみたいとかではなく、その「存在」そのものが気になるのだ。

朽ちかけて誰からも見向きされなくなった建物。レトロと呼ぶには浅すぎるし、かといって誰かがリノベーションをかけたくなるフックになるものもない中途半端な空気感。

それでも、その建物はある日突然ここに降ってきたわけでもなく、誰かがそれなりの目的とか想いを持って建てたのだ。なのに、どうしてこんなふうになったのだろうか。

賑わって光が当たっていた時間もあったのかもしれない。その光が少しずつ翳ってきたときはどんな感じだったのだろう。この建物の中で最後に交わされた言葉は何だったのだろう。

そんな、どうでもいいといえばどうでもいいことをひとしきり妄想する。

そういう妄想が仕事に直接関係するかと言われたらよくわからない。関係するような気もするし、しない気もする。

bar bossa林さんも、バーのマスターであり同時にものを書く人でもある。僕は勝手に「妄想する人」「言葉を持たないものに想いを巡らせられる人」と思っているのだけど、飲食店をやっている人特有の「街の感じ方」みたいなものもきっとあると思う。

ものを語らない街と、どんなコミュニケーションをするのかだ。

「店は渋谷なんですけど、渋谷とか新宿って特殊なんです。常に人がいる街。昔、実験的に正月も休まないで店を開けてみたんです。そしたら元日でもNHKがやってるのでお客さんが来る。他がどこもやってないから。本当に来るんだって思って」

そういうのは誰かから教えてもらうものでもなく、自分で店をやってみて街で覚えるしかないと林さんはいう。

「たとえば、三茶(世田谷区の三軒茶屋)と新橋(港区の新橋)で2店舗経営してる人が『新橋は土日は捨ててるんです』って言うんですけど、そういうのも実際に街で働くか、街で情報得るしかない。あとは横のつながりですね。街の情報交換の話もよくします。

業界で有名なのは吉祥寺のお客さんはケチ説。たとえば吉祥寺に住んでて青山で働いてる人がランチでパスタが1000円超えても気にしないんです。でも地元ではお金使わない法則があって、地元の吉祥寺でパスタ1000円超えるのはなんか嫌なんです。

だから吉祥寺でお店やるなら安くしないとお客さん来ないよって。ほんと街によっていろんな法則があるんですね」

もちろん吉祥寺に住んでる人が全員そうだということではない。でも感覚値としてはわかる気がする。

ただ、気になることもある。そうやってお店の経営者同士が「あの街はこういう法則あるよね」と情報交換し合ったら、だいたいどの街も「こういう感じ」という固定されたイメージができるんじゃないか。

「それもありますね。今度、ここに出店考えてるって話をしたら、あの街はこうだよってすぐ入ってくるので。そうやってイメージは確かに固定されるんですけど、今回の本でも出ている『三鷹バル』さんなんかは逆に、三鷹の住宅地なんか飲食は流行らないというのがあるから逆手に取ってすごく家賃も安く出せて、しかも周りに店がないから独り勝ちして。そういうセオリーから外れたやり方もあるんですよね」

今回のインタビューでもそうだし、『なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか』を読んでもほんとそうなんだなと思うのだけど、飲食店をやる「正解」ってない。

基本的に「正解がある」前提で学んだり仕事をするのが世の中なのだとしたら、飲食の世界はある意味でそういった「正解を前提にした世の中」から外れてると言えるのかもしれない。

アウトローなんていまはあまり言わないのだろうけど、どうしたってちょっとそういう空気も感じてしまう。

「飲食やる人って、自分ですごい才能持ってると思ってやる人っていないと思います。そういう意味で飲食業はレールから外れた人のセーフティーネットでもある。すごく勉強もできていい大学にも行ってたんだけど、なぜか飲食に入って来た人とか結構いますよね。

もうひとつ、よくあるのはミュージシャン目指してバイトでロックバーとか居酒屋で働いてたけど、音楽で食べていくのは難しい。それで飲食やってみたら意外にそっちの才能あるのがわかったとか。

表現者って人に好かれることが基本、好きなんです。料理おいしいって言われるのも好き。お店のファンをつくるのも好き。そういうのもありますね」

たしかにミュージシャンで成功する人なんてほんの一握りだ。いや、そうじゃなくても何かのベンチャーでも成功するのは簡単じゃない。でも、何か人から「いい」と言われるものをつくりたくて、そこを目指してた人が飲食をやってみたら案外うまくいくケースも多いのは、やっぱりそういうことなんだろう。

「すごく仮にですけど、プロ野球選手になれるのは1万人に1人だとしたら、飲食店を目指す人で成功できるのは50人に1人ぐらい? それぐらいの成功確率はありますね。

あと飲食店の場合は成功したら年収1000万円超えるのは、わりと普通。予約の取れない店とか、あの店いつも行列だよねという店はだいたい超えてますね。普通のサラリーマンよりは全然年収は高い。働いてるんだけど、いろいろ納得できないっていう人が飲食店で再挑戦するっていうのはひとつの道ではあります」

一応だけど、僕は(林さんもだと思う)無責任に誰でも飲食店いいよと書きたいわけじゃない。ただ、なんとなく自分も含めて思ってる以上に飲食店の世界は「開いてる」ということ。

すごく身近な存在だからこそイメージが固定されてしまってる部分もある。飲食業ってこうだよという。

そして同業者の人間的繋がりが強い世界である分、その外側に「食レポ」や「専門家が書いたもの」以外で、「へー、こういう人がこんなふうに考えてやってみたんだ」という話が出て来にくい。

そこを壊して「誰でも人生で飲食店をやる選択肢もある」とフラットに考えられるきっかけになればいいなと思うのだ。実際にやるやらないは別にして。僕もだけど、自分にこんな可能性の選択肢もあるんだと思えると、それだけで少し楽しくなるから。

実際、いま飲食をやりたい人は増えてるのだろうか。

「飲食をやりたいという人は結構います。いつの時代も一定数いる業界ではある。あと、意外と成功者が身近な業界だからかもしれないです。
 バイトに入ったとき、そこのオーナーがすごくモテてたりとか。年収1000万超えてるんだろうなとか、持ってるものでわかったり。え、カレー屋さんってこんなに儲かるんだとか実感しやすいんですよ。

一般の人が、たとえば作家とかミュージシャンで近くに成功者がいるってあまりない。でも飲食は、自分もこんなふうにやればできるかもっていうモデルがたくさんいるんです」

(つづく)

次回……飲食業ベテランの悩みとは