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偉そうにできない悩みについて

まあ、そのまんまなんだけど。偉そうにすることができない。べつに威張り散らすとかではなくて。そんなのはしたくないし見たくない。

たとえば自分が「お客さん」「ゲスト」として、どこかで歓待を受けたとしても(そんなの滅多にないけど)、なんていうかつい自分のほうを「下」に置きたくなってしまうのだ。

ああ、なんか僕なんかのためにいろいろお手数をおかけしてしまって……。あ、そんなシャンパングラスなんかじゃなくて、リラックマのコップでいいです。

そんな気持ちが態度に表れてしまう。

間違っても、こっちがお客なんだからやってもらって当然だよという気持ちにはなれないし、せっかくもてなしてくれるっていうんだから楽しもうという「鷹揚とした気持ち」にもなれないのだ。

いやいや、日本なんだからそれぐらい謙虚というか恐縮至極というか、少し遠慮気味のほうがいいんだよという考え方だってできる。偉そうな人より、慎み深い人のほうが好感がもたれる国なのだから。

なのだけど、ときどき「ほんとにそれでいいのかな」と思ってしまう。なぜなら、たまに「ちゃんと偉そうな人」に出会うからだ。

ほら、世の中ってそういうのいちいち表に出さなくても、なんとなく「あ、この人、ほんとに偉いんだな」っていう空気をまとってる人がいる。そういう人が現れると、自然にリスペクト対応になる。

ちゃんと偉そうな人は、相手を下に見るとか、自分の言うとおりにしろとか、俺様キャラでもなく、その人の持つ本物オーラとか格の違いみたいなのにちゃんと合った立ち居振る舞いが自然にできてしまってる。

なんだろう。フラットなのに「偉そう」な感じが出ていて、全然威圧的でもなく周りも、むしろ好感を持ててしまうような。言ってること伝わってるだろうか。

そういう人が、変に「私なんかもてなしに値しませんから、ああ、グラスも勿体ない紙コップで十分です。いや、紙コップすら私には不相応だ。エアでいいですエアで」とかやったら、周囲は困惑しおかしな空気になってしまうだろう。

しかるべき偉そうな人は、しかるべき偉そうな態度を「ちゃんとする」ことで世の中は平和になる。

そう考えると、きっと僕にも決して「偉そう」まではいかなくても、だけど潜りそうなぐらい下でもなく「今の自分に分相応な態度」があるはずなのだろうけど、それがわからない。

いつかわかるときが来ればいいのだけれど。いつ来ますか?


※昔のnoteのリライト再放送です。

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村暮らしのライター/エディター Editing and Book Writing/人とことばと土を耕して生きてます。東京⇄信州。noteでは大事じゃないけど大事なことを。何をしてるかより「なぜしてるか」の深い話を聞いて書くひと→ https://fumigura.com/

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