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ものかきのおかしみと哀しみ

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すれ違った人たち
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2018年11月の記事一覧

孤独と一緒に生きていてよかったと思えた日

孤独と一緒に生きていてよかったと思えた日

通りすがりの誰かの言葉に立ちすくむことがある。ほとんどの場合は、一瞬ハッとして世界がどこかに飛んで、でも、すぐまた元いた自分の視界に戻っていく。まるで閃光を受けたあとのように。

だけど、今回はそうではなかった。立ちすくみ、本当にしばらく動けなかった。仕事の原稿があるのに、それより大事なことが「いまここ」にあるような気がしてずっと考え続けることになったのだ。

その「言葉」の持ち主は、わざわざの平

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それ以外のことが気になる体質について

それ以外のことが気になる体質について

なんとも形容しがたいのだけど、そうとしか言いようがない。それ以外のことが気になってしまう体質なのだ。

それ以外のことというのは、概して「どうでもいいこと」だ。目の前の事象とはほとんど関係のない些末な何か。

大人になってから、なんか変だなと思うこともあったけれど、物心ついたときからそうだった気がする。

        ***

たとえば今年は、よく台風がやってきた。すると必然的にメディアでは“

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蛍光バスに乗る

蛍光バスに乗る

高速道路の照明灯の光は、人を惑わす。あの光を浴び続けていると、人は記憶の中の日付を失ってしまうらしい。

すべての記憶から日付というロープが外れると、記憶の海の上をあらゆる出来事という名の船が、岸壁を静かに離れて漂い始める。それは、ちょっとした眺めだ。

僕は高速バスのシートにもたれながら、なんでこんなことになったんだっけと考える。

「やっぱり、やめとく」

彼女、といっても数時間前に飲み屋で出

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断片的なものほど残ってしまう話

断片的なものほど残ってしまう話

『断片的なものの社会学』という本がある。控えめに言っても名著だし個人的にはスタッズ・ターケルの『仕事!(WORKING)』以来の衝撃を受けた。

著者の岸政彦さんは「人の語りを聞く」スタイルの社会学者で、僕はそんなアカデミアな世界でも何でもないただのライターだ。

なのだけど「語られたけれど分析もされない」、話の本筋(テーマ)とは繋がることのないエピソードの「無意味さ」に、ときにこころが震えたり、

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泣ける電車

泣ける電車

山手線に乗ったら、乗客がみんな泣いていた。

ああ、これが泣ける電車かと思った。あいにく僕は泣きたい気分ではなかったのだけれど、乗ってしまったものは仕方ない。

顔を手で覆ってわかりやすいぐらい泣いている女の人もいれば、スマホに涙をぽたぽたこぼしながら、それでも涙と一緒に画面をめくっている学生もいる。

せっかく泣ける電車で僕だけが泣いていない。

どうやって泣こうかと考えてたら、僕の前で吊り革を

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電話ボックスを売る

電話ボックスを売る

京浜東北線の駅から程近いルノアール特有の大きな窓側のテーブルで、僕は次の仕事のことをぼんやり考えていた。

突然、大きな音が鳴り響く。びくっとして周りをみると、店内の端にある電話ボックスからピジリリリリと半分壊れかけた目覚まし時計のアラームみたいなコール音が盛大に漏れていた。

電話ボックスなんてあったっけ? ここにはたまに来るけれど、いままで存在に気づいたこともなかった。まあでもルノアールだから

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万博の本当の味わいは50年後にやってくる

万博の本当の味わいは50年後にやってくる

2025年大阪万博開催決定おめでとうございます。という話ではなくて。正直に素直にTo be honestに言えば、僕は大きな話に興味が持てないのだ。何に対しても。

規模感がどうにかなるような話。金額とか面積とか動員数だとか何でもいいのだけど総額5兆円のなんとかとか、東京ドーム50個分のとか、延べ何十万人動員とか。

そう言えば昔、GLAY EXPOってあったね。幕張とかで20万人ライブだっけ。当

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僕が広告から足を洗った日

僕が広告から足を洗った日

今日は仕事の祝日(なんだろうなこれ)なので、いつもと違う話。

今年、自分の事務所のサイトをリニューアルした。常時SSL化とかHTML5対応、レスポンシブ対応とかの最適化諸々。え、今ごろ? と思われるかもしれないけど。

まあ、ライターの業務サイトなんてほぼ一般には見られないし需要もないのでいいんだけど、本当はちゃんとCMS載せてオウンドメディアにしたい。

それはともかくリニューアルに伴って今ま

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ゴキブリとエレベーター

ゴキブリとエレベーター

一度、ゴキブリとエレベーターに乗り合わせたことがある。

早朝のオフィスビルのエレベーターに、彼は一匹で乗り込んできた。たまたま僕も7時半過ぎという、ほとんどのテナントや会社もまだ始業していない時間に、そのタイミングでしか集まれない関係者のミーティングがあったのだ。

ドアに向かってエレベーターの床で真っ直ぐ佇む黒いゴキブリ。僕は、どうしたものかと思いながらも、あまりに落ち着いた彼の立ち居振る舞い

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陽気な酔っ払いが地球を回す

陽気な酔っ払いが地球を回す

「もう一軒行こう!」

全僕の中で一度は言ってみたいセリフ第10位がそれだ。

もう一軒行こう! こんなことを酔っ払いながら陽気に言える人がうらやましい。たぶん、一生言うことないだろうなと思いながら、それでも一応そんなセリフを吐いてる自分を想像してみる。

大森の地獄谷とかで、赤ら顔の僕が誰かを引き連れて飲み歩いている。一軒目からまあまあ飲んでちゃんと食べるので、本当はもう帰りたい。でも、それだと

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彼女に食べられた町と僕らが食べ残した町と

彼女に食べられた町と僕らが食べ残した町と

東京には食べたい町がない、というのが女友達の口癖だった。

僕は、そんな女友達に付き合っていろんな町を食べに歩いた。人気の店を訪ねる「食べ歩き」ではない。彼女が食べたいのは「町」そのものだ。

新宿の町は、なぜかどこもトンカツの味がしたし、神田は路地裏にまで薄いおでんの出汁のような味が染みていて、下北沢の町はファミレスのメニューを出鱈目に混ぜ合わせたみたいな味だった。

「ね、言ったとおりでしょ。

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夜明けのトラックは本能で走る

夜明けのトラックは本能で走る

ただ走り続けるだけの何かになれたらいいのに、とたまに思う。

なぜなのか、うまく説明なんてできない。うまく説明できないものは、きちんと説明できるものより劣るのだろうか。

そう思わなくても、いまの世の中で説明できないものは隠されがちだ。うまく説明できないものを文字で「言葉」にするのは遠い作業のような気もするけれど、たまにあえてそうしたくなるときがあるから自分でも面倒くさい。

まるで、使われなくな

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夜とはちみつ

夜とはちみつ

知らない道を歩く。坂の多いこの町は、葉脈のようにいくつもの道が枝分かれしていて、簡単に迷い道に入っていける。

行き止まりでもあればまだいい。あきらめて引き返す決心もできる。なのにそれもなく永遠に知らない道がくねくねと続く。小さな角を曲がろうかというところに不意に立て看板。だけど斜めってる。

 『気をつけよう
    甘い言葉と 夜の道』

そうか。気をつけなければいけないのだ。秋の夕暮れは速い

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プリンターの卵

プリンターの卵

最近、プリンターを新しくした。問題は、プリンターの性別をよく確かめなかったことだ。

浅生鴨さん曰くプリンターにも「雄と雌」があるらしい。

前は兄弟印のプリンターを使っていたけれど、性別は気にしてなかった。というより性別があることも知らなかった。

新しいのは絵布尊のだけど、マニュアルを見ると工場から出荷されて間もないあいだは雄雌の判別が難しいらしい。

どっちなんだろう。すごく気になる。僕は妻

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