嫌いなやつは救っちゃおう

こんばんは、文(ふみ)です。
みなさん、お元気ですか。
文は、げんきです。


みなさんは、嫌いな人に遭遇したとき、どうしてますか。
イヤだ~と思っていますか?
その場限りの人だとまだいいですが、毎日接する人だったら困りますよね。
どうにかします…。

僕の案なのですが、その人を救ってしまうのはどうでしょうか?
イヤだ~の気持ちをひとまず置いといて、嫌いな人を、じっと観察してみます。すると、意外にも多くの発見があります。


ここに「早口でまくしたて、高圧的に指導してくる先輩」がいたとします。
いま、あなたは一方的に叱られています…。そんな先輩の表情と声に、じっと心を傾けます。

怒りの中に、不安や緊張・悲しみが混ざっていませんか?
早口で一方的に話すのは、どうやら「とにかくアレとコレを言わないと」ということで頭がいっぱいになっていたのかもしれません。更によくみると、何度も言葉を選び直し、ためらっています。僕たちになんと言えばより伝わるのか、苦悩した痕跡のようにうかがえますね。

きっと、先輩もまた上司から後輩の指導に関して、プレッシャーを与えられていたのかと思います。とてもつらいでしょうね。泣きたいかもしれません。部屋でひとりで泣いているかもしれません。

この先輩を救うには、どうすればいいでしょうか?
先輩のいうことをそのまま聞くのは、ベターではありませんね。
その上司が本当に求めていることを理解し、先回りして行動してあげるといいかもしれません。構造そのものを変えるよう働きかけ、ひとつの役職に役割が集中するのを防ぐのもいいかもですね。
…そんなことを考えてるうちに、先輩のことが嫌いじゃなくなってきたような気がします。


実際に救う必要は、実はまったくありません。
「助けるにはどうすればいいかな」と思った時点で、既にあなたのほうが精神的優位に立ってしまっているんです。それが大事です。ケンカというのは、同じ土俵に上がってしまうからこそ起こります。それを「この人嫌いだ! バカ!」という負の方向ではなく、正の方向に敢えてずらしてみると、あなたの心だけでなく、あなたと接した人の心も救われるかもしれません。


僕たちの感情は、今までのどれ一つをとっても、完全な一色であったためしがありません。一日の中で、僕たちは何百回も「良い人」と「悪い人」になります。前者のときに会った人と、後者のときに会った人、それぞれに僕らはどう映っているでしょうか。

誰もが全ての感情を持ち合わせているはずなのに、たった一つや二つで生きてるように思われたら、寂しいですね。でも、一つや二つしか見えなかったものに、自分と同じくらい豊かな感情を重ねることができたら、その時はじめて人はわかりあえるのだと思います。



世界から見たら自分はちっぽけなのに、そんな世界は自分の心からしか見えないのが不思議ですね。どうせ自分から見た世界であるなら、嫌いな人より許せる人や好きな人で埋め尽くせたらさいこーですね。

みなさんの週末と、そして次の月曜日も、良い日々になりますように。
それでは、おやすみなさい。

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基本的には絵を描いています。 ときどき、自分の考えていることをここに書きます。 普段はツイッターでイラストをUPしています。 https://twitter.com/fumifumifur
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