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自分の中の光と影。影を好きになることなんてできないけど、嫌いなままで愛せたら

あと15分はゆっくりできる。時計を見て確認した。出勤の準備が早めに終わり、ふぅーとひと呼吸。今日は涼しい。

ヨガマットを広げて、仰向けに寝転がった。ヨガをする気なんてさらさらない。ただ力を抜いて天井をながめた。この部屋の天井は薄いピンク色だったんだと、今さらながらに思った。ここに住み始めて一年も経つのに、今さら。どうでもいいことだけど。

仕事行くの、憂鬱だなぁ。仕事行きたくないなぁ。

そう思っていても時計の針は止まることなく動いているし、時間がやってきたら、わたしはいつも通り家を出ていくんだと、分かっている。

ここ1ヶ月くらい、ほんとに仕事がしんどい。今までもそう感じては持ち直し、なんとか乗り切ってきたんだけど、限界かもしれない。
昨日はあまりにもイライラしてしまって、仕事を切り上げて帰る時のビリビリしたオーラはひどかったはずと思い出して、また少し心がすん、と重たくなった。

人は本来、優しい生き物だと思う。そして、認めて欲しいという純粋で幼い、子供のような欲望を何歳になっても秘めているもの。だとわたしは思っている。喜んでもらえて、ありがとうって言われれば嬉しいし、よくできたねと言われれば、羽が生えたように飛びたくなる。

でも、人は人なのだ。神様でも仏様でも仙人でもない。優しくなれない時だって、たくさんある。

でも、優しくしたいの、本当は。優しくできない自分を責める必要はない、そうは頭で分かっていても、優しくできない自分が、悲しくなってしまう。いじめられた子供のように、わたしの中の小さいわたしが、しゅんとうずくまる。

仕事に行くのが憂鬱なのは、優しくできない自分の割合が増えるからだ。自分の中の黒い影が、あまり好きになれない部分が、むくむく出てきて、わたしの言葉や心を支配していくのが、嫌なのだ。

こういうとき、だいたいわたしの中では、影を受け入れようと頑張る自分と、受け入れられずにもがく自分と、キライなものはキライなんだと言い張る自分と、受け入れられない自分を責める自分と、(そろそろ、わけが分からなくなってきた)とにかく戦いが起きている、ことが多い。
どの自分も最終目的は、わたしを守ること、幸せにすることなはずなのに、みんなやり方が違うのだ。

意外なところから戦いが収束した、今日は。

嫌いなまま愛せたら

ふわっとこの言葉が姿を現して、わたしの中のいろんな自分が、一瞬にして言葉を失った。大勢の人がそれぞれ話しているなかで、会話が偶然にもピタッと同時に止まり、しーんとなる瞬間を誰もが経験したことあると思うけど、そんな感じだった。

影を好きになんて到底なれるわけがない。でも嫌いなままで愛せたらいい。


きれいごと。

そうだね。
でも、わたしはきれいごとも好き。


あ、もう家をでなきゃいけない時間だ。仕事以外の時間はなんでこんなに早く過ぎるんだろう。ヨガマット片付けながら思った。
お気に入りのメロン色の自転車に乗って、職場に向かう。タイヤの空気が抜けてきてるかな。少し重たい。

今週末は自転車のモモちゃんに空気を入れてあげよう。そう思って、ペダルをこぐ足に力を入れた。


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元薬剤師。ドラマコーチ(演じるワークを取り入れたコーチング)表現者。『ひとりひとりが自分の愛する人生を生き、悦びの中で人と繋がっていく世界』をビジョンに活動中。英語・海外が大好き。そしてとにかく人が好き。 noteはエッセイみたいなモノと自分の可能性に気づくメッセージをお届け。
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