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ヴェネツィアでカルパッチョを存分に味わう~(続)「カルパッチョ」展


 「二人の貴婦人」と「水上の狩」という思いがけぬ2枚が、実は1つの作品だったー間違いなく今回のハイライトであるはずの2点を惜しげもなく、いきなりガツンと見せた後、(えっ大丈夫なの???・・・という素人の余計な心配をよそに)そこから、ヴィットレ・カルパッチョという画家の仕事を、じっくり丁寧に見せていく。各作品に合わせた、その作品のためのデッサン。カルパッチョの描く人物は、顔はのっぺりと平面的で、身体はしばしば「綿を詰めた布人形」と揶揄されることもあるように、同時代のフィレンツェの画家らの作品と比べると、プロポーションが甘い。絵本風に見えると言ったらいいだろうか。そのためか、そういえばデッサンはあまり評価されて来なかったように思う。ところが今回、たっぷりと展示されたデッサンでは、人間のプロポーションもきちんと写実的に(言って見れば、同時代のフィレンツェの画家たちのそれと比べても遜色のない形で)描かれており、つまりあの「人形」風なのは、あくまでも彼の画風だったことがわかる。
 彼のもう一つの特徴は、描き込みの細かさ。人物はもちろん、動物、植物、背景の建築物や風景、人々の服装や装飾物まで、マニアックなまでの描き込みは隅から隅まで一切、手抜きしない。
 そして彼の最大の魅力は、物語絵にある。それも群像劇がよい。カルパッチョにおいては、その他大勢がその他大勢にならず誰もが主役、一人一人、一つ一つの動きが丁寧に描かれる。

 少なくとも一千年にわたり、共和国制を保ったヴェネツィアで育った独特の組織に「スクオラ(Scuola)」がある。これは、地域の有力者らによるいわば自治会兼共済組合で、地域で病人や老人、経済的に困窮する母子などに必要な物資や手当、住居を提供していた。
 スクオラはそれぞれ、それぞれの力を誇示するように、一流の建築家や画家、彫刻家を招いて本部としての建物を建てたのだが、15世紀末から16世紀初めに活躍したのが、カルパッチョだった。
 のちにドージェ(総督)となるレオナルド・ロレダンの依頼により、聖女オルソラの名を冠したスクオラに、カルパッチョは、オルソラの物語を描く。サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会に接するように建っていたスクオラ・ディ・サントルソラ(Scuola di Sant’Orsola)は、19世紀初めに取り壊しになるが、カルパッチョの描いた10枚からなる聖オルソラ物語は、嬉しいことに全てまとめて、ヴェネツィア市内のアッカデミア美術館に展示されている。

アッカデミア美術館の聖オルソラ物語


 「スクオラ」には他に、職業組合や、同郷組合に当たるものもあった。貿易立国ヴェネツィアには、日頃から多くの外国人が出入り、居住していた。アルバニア人のスクオラ、スクオラ・デッリ・アルバネージもまた、カルパッチョにその装飾を依頼、カルパッチョ工房は、6枚からなる聖母マリアの物語を描いた。
 今回の展覧会では、普段、カッラーラ美術館(ベルガモ)、ブレラ美術館(ミラノ)、カ・ドーロ美術館(ヴェネツィア)に分散して所蔵されている全6点が並べて展示されていた。上記「聖オルソラ物語」に比べるとかなり規模のこじんまりとした作品であること、晩年で工房の手が入っていることをさっ引いても、やはり貴重な機会であり、嬉しい。美しくかわいらしいシリーズで、この部屋だけでもまた、カルパッチョ・テイストが存分に味わえる。

 アッカデミア美術館の「聖オルソラ物語」は、なんと現在修復中のため、全点見学不可とのこと。え、せっかくなら、この展覧会に間に合わせたらよかったのに・・・。同じくアッカデミア美術館所蔵の、「リアルト橋での聖十字架の奇跡」も修復中、いずれも大きすぎる作品群ゆえに、展覧会場に並べることはできなくとも、第2会場として、少しでも見せるわけにはいかなかったのだろうか?

 同じく、第3会場ともいうべき、カルパッチョの作品が残るダルマツィア人のスクオラ、スクオラ・デッリ・スキアヴォーニ(Scuola degli Schiavoni)は、予約制のよう。

 一世代上ながら、長らく時を同じくして活躍したジョヴァンニ・ベッリーニは、トスカーナや北方の影響を受けた、線の強いキチッとした絵から、色と光で描く作風へと変化を遂げた。それはやがてティツィアーノやティントレットへと受け継がれ、ヴェネツィア派と定義されるようになる。16世紀に入ると、「人形風」のカルパッチョの作風は、時代の先端からは取り残されていく。晩年には、他の画家らのスタイルを真似ようとしつつ、それでもやはり変わらずに「人形風」でい続けたカルパッチョ。展覧会場の最後に、最晩年のカルパッチョが描いたヴェネツィアのシンボル、有翼の獅子がいた。彼は今でもこのパラッツォ・ドゥカーレで日々、世界中の観光客に睨みを利かせている。

 4月25日、聖マルコの記念日に。

「ヴィットレ・カルパッチョ 絵画と素描」展
ヴェネツィア、パラッツォ・ドゥカーレ
2023年6月18日まで

Vittore Carpaccio. Dipinti e disegni
Venezia, Palazzo Ducale
dal 18 marzo al 18 giugno 2023
https://palazzoducale.visitmuve.it/it/mostre/mostre-in-corso/vittore-carpaccio-dipinti-e-disegni/2023/02/22809/mostra-carpaccio/

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