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「「個人主義」大国イラン 群れない社会の社交的なひとびと」 岩﨑葉子

平凡社新書  平凡社

建設、アパレル、美容師、旅行業、本屋…
この本に出てきた業種の主なものを挙げてみた。直感的には「個人主義」のようなイメージはないけれど、実際はどうなのだろうか。

 おれたちは別の資本なんだ。自分たちの金で働く方が快適さ 
(p84)
 要するに、零細企業も大企業も、自社以外の経営体に仕事を依頼して、お互いに切っても切れないような関係になることには、すこぶる慎重なのである。 
(p97)


イランの個人主義というか、囲い込み、系列化せず、多数の個人(及び零細企業)対個人(及び零細企業)の無秩序な連鎖という形態はこうして成立している。

 世の中には、いろいろな考えの人がいる。それが当たり前のこととして自然体で受け止められている社会だ。お世辞にも協調性に富んでいるとは言いがたいひとびとだが、それでいて不思議と、彼らとのおつきあいのなかで孤独を感じることは少しもないのである。 
(p229)


続いて「おわりに」から。

 長い、長い間われわれの社会に息づいてきた人間関係の型だから、かりにもっとよい方法があるよと提案されたとしても、おいそれとは変えられない。変えるための莫大なコストに勝るほどのメリットは、いかなる代替案であってもそうはなさそうに見えるからだ。 
文化の違いとはそれが「是」か「非」かというようなものではなく、社会が上手く機能していくためのひとびとによる微調整の積み重ねの結果なのではあるまいか。 
(p264)


なかなか事態が進展しないイランの状況にうんざりしながらも、時折現れる「これもありなんだ」という安堵感は、自らの社会の在り方をもう一度考えさせてくれる機会なのだ、と最後に著者は述べている。

具体的な登場人物としては、法律家としていろいろな人の相談役になっている人、日本で修行してテヘランで独立した美容師、中国(広州など)に買い付けに行く若者、店の商業権を又貸しする人と眉をひそめる人、著者のアパートの掃除婦でヤク中の夫に手を焼きながら離婚しない女、イランでは珍しく「プロ」な、しかしやはり個人経営な本屋業界…など。
(2018 02/11)

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