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【小説】私は空き家(豊中市築47年)4

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あれから一週間。
まさみさんが再び家にやって来た。今日は男性も一緒である。
男性はまさみさんのお兄さん、かずおさんだ。
かずおさんは久しぶりの実家を感慨深そうに見回し、換気のための窓開けを、まさみさんと一緒に行った。


程なくして、スーツ姿の2名がやって来た。一週間前と同じ2名だ。
2名とかずおさんが、お互いに挨拶を交わす。

「本日は遠いところをご足労いただき、ありがとうございます」

スーツ姿の2名が頭を下げるのに、かずおさんが穏やかに返す。

「いえ。私にとっても、大切な実家ですから。ご提案をちゃんとお聞きした上で、判断したいと思っています」

どうやら、スーツ姿の男性から「お兄様へご挨拶させて欲しい」との依頼があったらしい。それを受けて、かずおさんはわざわざ東京からやって来たとのことだ。
かずおさんも、先々、わたしの所有者となる可能性がある。『法定相続人』という立場だという。

スーツ姿の男性が、まさみさんへの提案内容を、同様にかずおさんにも説明した。

「お兄様のお立場として、何かご質問・ご要望・ご不安事などありませんか?」

そんな問いかけに対し、かずおさんは用意していたメモを手にしながら、幾つか質問を始めた。

「工事内容の各項目について、必要性をご説明いただけますか?」
「想定賃料の根拠は何でしょうか?」
「一括借上げの条件を教えてください」
「借上げ期間終了後はどうなりますか? 期間の延長はできますか?」

的確な質問だ。流石はかずおさん。かずおさんは昔から賢い子だった。長い時間机に向かって勉強していた、学生時代の姿が思い出される。

かずおさんのそれぞれの質問に対し、スーツ姿の男性は資料を提示しながら、明確に回答していく。
頷きながら、時に質問を重ねながらそれを聞いていたかずおさんが、「では」と更に切り出した。

「大変失礼な質問ですが。御社が倒産した場合は、どうなるのですか?」

かずおさんの率直な質問に、隣に座ったまさみさんが目を丸くする。
しかし、スーツ姿の男性は動じることなく、「ごもっともな質問です」と大きく頷いて、こう答えた。

「もしそういった事態になった場合、自動的に一括借上げ契約は終了となります。
その後は、従来、当社に入金されていた入居者様からの家賃は、所有者様の口座へ直接入金されることになります。また、管理については、所有者様の自主管理となります。
これは所有者様にとって最大のリスクの場面といえます。しかし、月額1万円程で賃貸管理を代行する不動産業者が、大手・中小問わず、巷には沢山ございます」

スーツ姿の男性の回答に、「わかりました」と静かに返したかずおさんは、自分の想いを話し始めた。

「父が施設に入所して以来、この家に帰省する機会がなくなってしまって。随分と久しぶりに来ましたが、父がいた頃とほとんど何も変わっていないですね。懐かしいです」
「私としては、所有者である父が生きている間は、この家を手放したくないと思っています」
「私は東京で自分の家を購入したので、今後大阪に戻ってくることは、おそらくないでしょう」
「この家の管理は今もまさみに任せきりですし、今後運用していくとなると、まさみにかかる負担も増えるでしょう。家賃収入は、まさみが全て受け取る形にしてもらいたい」
「実際に相続が発生した時には、売却する可能性もあります」
「将来、まさみの子供が結婚して、家を建てたいとなった時には、この家を解体して譲ることになるかもしれません」

自分の想いや今後考えられる仮説・可能性を話し、かずおさんはすっかり打ち解けた様子だった。

「では、一週間以内に結論をお伝えします」

一通り話を終えた帰り際、そう伝えるまさみさん・かずおさんに対し、

「もし、御縁が取れたらですが、長いお付き合いになります。宜しくお願いいたします」

そう深々と頭を下げ、スーツ姿の2名は帰っていった。


「資金面で援助が必要なら、言ってくれ。最終的な判断は、お前に任せる」

兄妹二人になった居間で、かずおさんがまさみさんにそう声を掛けた。

「そうやねぇ……」

まさみさんは、テレビ台の上の写真――まさみさん、かずおさん、そして孫たちに囲まれた、ご主人様の写真を見ながら、

「お父さんの具合が悪くなってから、『この家どうしよう』って不安ばっかりやったけど。思い出のいっぱいある大事な家やって、今日、兄さんとあの人たちの話聞きながら、思い出したわ。我が家の大切な資産やもんね。リフォームして運用、してみようかな」

そう穏やかに言った。



エピローグ


『私は空き家』とは
「空き家」視点の小説を通して、【株式会社フル・プラス】の空き家活用事業をご紹介いたします。
※『私は空き家』はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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