FULL CONFESSION(全告白) 25 国際映画祭の名称詐欺

GEN TAKAHASHI
2022/2/24

基本的に映画作家・GEN TAKAHASHIの作文。

第25回 国際映画祭の名称詐欺

 現在、私は6月に劇場公開予定の最新監督作『カニの夢を見る』を各国の映画祭に出品中である。世界中の映画が国際映画祭に出ようとする理由は「有名になるため」だ。もちろん、映画作品そのものを有名にしたいのであって、監督や出演俳優たちが有名になりたいわけではない。その映画の存在が知られ、評価が高まれば、監督や出演者も有名になっていく。

 こうして映画が有名になれば、その映画には商業価値が生まれる。各国の映画業者と配給権や2次使用権(昔のテレビ放送権やビデオ化の権利、現在でいうストリーミング配信権など、劇場公開以降の商業利用の権利)、稀な場合だがリメイク権などを結べるチャンスにつながる。1本の映画が有名になれば、無名の映画よりも圧倒的に商用で有利になりカネになる。

 映画を有名にするだけなら、国際映画祭で評価されなくても多額の宣伝費を使えば可能だ。たとえば、東宝シネマズでの全国100館以上の興行(映画館での上映)であれば、宣伝費は少なくても1億円かかっている。東宝の場合、1館につき最低100万円の興行経費を基準にするからである。だけど、映画を作っている人間はそんなカネを持っていない。

 一方、国際映画祭への出品料(申請料ともいう)は、最も高額なベネチアやベルリンでも日本円で2万円前後で済む。映画祭の最高権威と言われているカンヌ国際映画祭でも、今年の出品料は6千数百円だ。カンヌも昔は、やはり2万円前後だったと記憶しているからコロナ対応で応募条件が改訂されたのかもしれない。いずれにせよ、数千円で世界の映画人、映画会社に自分の映画の存在を知らせることが可能だからこそ、各国の国際映画祭には無名の映画作家や配給業者たちが集まる。

 ところが、無名の映画人の中には「国際映画祭」の受賞歴を騙る者がいる。

 要するに、受賞が事実であっても日本でニュースを配信する際に、その映画祭自体の正式名称を勝手に意訳して、あたかも歴史ある別の映画祭での受賞であるかのような印象を与える手口だ。これは英語が第二言語になっていない、英語話者が極端に少ない日本だから通用しているものの、ハッキリいって詐欺商法であり、飲食店でいう食材の産地偽装と同じレベルのデッチ上げである。

 具体的に指摘する。先日、ある日本映画が「ロンドン国際映画祭」で受賞したというトピックをインターネット・メディアで目にした。まずここで言っておくが、そもそも「ロンドン国際映画祭」というものは存在しない。

 「ロンドン映画祭」と日本語に翻訳されている、60年以上の歴史と権威がある「BFI London Film Festival」なら実在する映画祭だ。現在は「The Times BFI London Film Festival」と映画祭の正式名称に「Times」の冠がある。いつ頃からなのか知らないが、世界のメディア王として有名なルパート・マードックの傘下になった英国最古の新聞社「タイムズ」がこの映画祭のスポンサーに入っているからだ。元々は英国の映画評論家たちが立ち上げた映画祭である。

 「ロンドン映画祭」の主催は英国映画協会(British Film Institute)で、この略称「BFI」も映画祭名称に記載されている。仮に「タイムズ」社がスポンサーを辞めることになれば映画祭名称から「Times」は外れて「BFI London Film Festival(英国映画協会ロンドン映画祭)となるわけだ。要するに歴史ある「ロンドン映画祭」は、英語の正式名称でも「国際映画祭(Intarnational Film Festival)」ではない。これは格下の小さな映画祭だからではなく事実はその逆で、同映画祭はイギリス最大の規模だ。

 私の邪推になるが、こんな大きな規模と権威を誇る映画祭が「国際映画祭」を名乗らないのは、むしろ「わざわざ名乗るまでもなく”国際映画祭”なのは当たり前じゃん。世界の基準はウチら大英帝国なんだし」とでもいう英国人ならではの感覚なのかもしれない。いずれにせよ「英国映画協会ロンドン映画祭」は実在するが、「ロンドン国際映画祭」は存在しない(まあ、法的な取り締まりはないから、誰かが勝手に名乗っている場合はあるけど)。

 では、本稿で指摘する問題の日本映画が受賞した「ロンドン国際映画祭」の正式名称は何かというと「International Filmmaker Festival of World Cinema London」だ。直訳すれば「ロンドンにおける世界の映画の国際的なフィルムメーカー祭」となる。英語の略称で「IFF」という主催母体があり、ここがロンドンのほか欧州各都市で開催している、主に映画業界人の出会いと交流と商談を目的とした一種の「会」であり、普通にいわれる映画祭とは性質も規模も違う。

 この映画祭については、映画監督ふるいちやすし氏が詳細なレポートを公開しているから、これを一読すれば同映画祭の趣(おもむき)がつかめるだろう。

 ちなみに、ふるいち監督は「ロンドン・フィルムメーカー国際映画祭」と意訳している。あくまでも「国際的な」は「フィルムメーカー」にかかっていて、正確にいえば「映画祭」ではなく「映画製作者の祭」という名称だ。それでもこれが「ロンドン国際映画祭」ではないことは明らかだし、「ロンドン・フィルムメーカー国際映画祭」との翻訳に、ふるいち監督の作意などないことは明らかだ。

 しかし、問題の映画は、存在もしない「ロンドン国際映画祭」で受賞したことになっている。受賞は映画の評価なのだから、堂々とその映画祭の正式名称を伝えるべきところ、この映画の製作者たちは、まるで「ロンドンにおける世界の映画の国際的なフィルムメーカー祭」では格が足りないとでもいうように、勝手に映画祭の名称を造語しているのだ。これは当の映画祭さえ小馬鹿にする暴挙といって良い。

 ついでに明らかにしておくと、この問題の映画が受賞している「IFF」主催の映画祭は、ロンドンの他にマドリッドやニースなど開催場所によっては「国際映画祭」と銘打っているのだが、いずれも世界中の自主映画製作者たちが集う「会」に近いもので、一般客に向けたものではない。どういうわけだか、やたらと日本の自主映画が受賞している点でも、Aランクの「国際映画祭」とは違うものだ。

 誤解なきように付言するが、私は、ここで指摘する「IFF」主催の映画祭とそこでの受賞が無価値だと言っているのではない(IFFが、カネを払って賞を買うシステムでなければ)。

 私自身は何も交流がないが、「IFF」には自らを権威ある有名映画祭と錯誤させようなどという意図があるわけではない。世界中のインディペンデント映画(しかしサンダンスでは落選する流派)のフィルムメーカーたちが人脈を広げ、チャンスをつかむ機会として、非常に有意義なイベントだと私も思う。

 だが、ここで受賞しながら明らかに価値を偽るかのように、BFI(英国映画協会)主催の「ロンドン映画祭」と類似する名称を勝手に日本語で造語してニュースとして宣伝することは、受賞した賞への裏切りでもある。

 問題の映画は、受賞を報じるプレスリリースとしては「ロンドン国際映画祭(IFF London)」などと、映画祭の正式名称の略称を英語で併記しているが、そんなものに一般人が注意を払うことはない。まるで「見落としたのはお客様の責任です」とでもいう、保険の契約書にわざと小さな字で書いてある違約条項のようなものだ。第一、問題の映画のウェブサイトや劇場予告編には「ロンドン国際映画祭受賞!」と、存在しない映画祭での受賞が謳われているだけで「IFF」の表記は勝手に省略している。

 翻訳者業界では、英語→日本語訳の正確さを確認するために、和訳→英語に戻す「逆翻訳」という作業がある。完璧主義だった映画監督スタンリー・キューブリックは、自分の映画の日本語字幕の精度を確認するために逆翻訳をしていた。そしてオリジナルの台詞を台無しにしているとして最初の字幕翻訳家を交代させたこともある(『フルメタル・ジャケット』)。

 この問題の映画製作者であり監督であり主演俳優が「ロンドン国際映画祭で問題がない」と言い張る気なら、逆翻訳して英国で「London International Film Festival Winner!(ロンドン国際映画祭受賞)」と宣伝してみろよ。

 そもそも、本稿で指摘する問題の映画は、これら受賞のニュースといってもネットのトピックがせいぜいで、世の中の人には知られていない。そういう意味では罪があるわけではないという見方も出来る。しかし、一般客が「ロンドン国際映画祭」という実在しない映画祭を、英国映画協会の「ロンドン映画祭」と誤認をして(一般人からすれば「国際」がつく方が格上だと思うし)、そこで受賞した映画なら観てみようとチケットを買ったとしたら、道義的に罪はあるというべきだ。

 ピンク映画では、旧作をまったく同じまま映画館の看板だけを違う題名にして売る手法(新作ではなく「新版」という)があるが、これは3本立て興行が伝統のピンク映画における、観客もわかっているご愛敬というものであって、ロンドン映画祭を偽るのとは次元が違う。

 私はこれをやっている監督であり主演俳優本人を知っているから、ここで名は伏せるが、ありもしない映画祭を銘打って国際的に価値が認められた映画であるかのように売るのは明らかに詐欺だし、自ら「小モノ感」を増幅させているだけで映画人の笑いものになっているだけだから、了見を入れ替えて真面目にやったほうがいいぜと言っておく。


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