七草粥

もう二日前になるが,七草粥を啜った.
七日の朝,粥を炊くためにやや早起きを試みる.
寝正月の残る重い頭を振りながら,愛用のもこもこスリッパを履き,
片手鍋に水を汲む.

辻嘉一先生の『味覚三昧』を正月から読んでいると,鍋というものの大切さが分かってくる.「媚竈(びそう)とは」という随筆のなかに次のような一節がある.

包丁がなければ石庖丁で切れますし,俎板(まないた)や蒸し器は鍋があれば,なんとか蒸せます.焼くことも濡れ和紙に包んで焚き火で蒸し焼きにもできますが,鍋は簡単にはできません.

たしかに,と膝を打ったところでいざと良品の鍋を買うにも至らず,辻御大の教えに反して「プレスの金属の鍋」で仕方無しに粥を炊いている.
冷え切った朝の台所でふつふつと湯気をあげはじめる鍋には詩情もそそられるものだが,よく考えれば今年の正月はお節料理もそれほど口にせず,正月の晩からカレーを頬張っていた.七草粥などして胃を休めるほどの豪勢な食事とはなかなか無縁である.

今年もツイッタで七草粥の炊き方やらをちらほらと目にした.いちいち覚えてもいないが,苦味臭味を出さずに七草粥を炊くにはどうすればよいかといったようなことであった.苦いのが苦手な子もいるだろうからそれでいいのだが,どうやら七草粥というのは草の成分はもとより,その苦味というのも重要なようである.『味覚三昧』から「肝腎かなめ」の終節を引いておこう.

総じて苦い味は胃壁に刺激を与え,活躍をうながすらしく,動物性は勿論,植物性の苦味である春の野草のいろいろも,整腸の役目を荷なっていてくれるのであります.

そんなことを考えているからどろどろの粥になってしまうのだ.


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

しがない女子大教員です.最近はお茶漬けの美について研究しています(真面目)
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。