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「あの日から。7」

私の手術は、無事成功した。ぼんやりと、全身麻酔から、意識が戻った時、娘がふくれて笑っていた。のち、意識がちゃんと戻った時に、聞いてみた。あの時、娘はどうして、怒っていたのか?(ぼんやりと覚えている娘の怒った顔だった)聞いたら、麻酔で意識が戻ってない時「早く、彼が出来ると良いね〜」と、ナースや、Drの、見守る中で、私は娘に向かって言ったそうだ。私の記憶がないので、申し訳ないの一言だ。この時は、皆が大笑いで、娘の顔を見たそうで、娘に言わせればあんなに恥ずかしい思いをDrやナースの前でするとは思わず、だったそうだ。(笑)ごめん。

娘にはきっと一生記憶に残る出来事だったと思う。それぐらいに、私の病室は、いつも誰かが笑っていた。術後、しばらくは、私は、絶対安静だったのだが、皆が、手術が成功したことを、喜んでくれた。また、術後麻酔科の、偉いDrが白衣とは全く違う、ラフな服で夜、部屋に来てくださり「ほら、大丈夫だったでしょ」と一言言って、多分、、そのまま帰宅したんだろうな、という感じで、病室に来てくださった。満面の笑顔だった。実際、緊張も解けてる感じだったが、まだ身体中、点滴の管やら、呼吸器(自発呼吸はできてるのだけれど、なぜか?呼吸のマスクはずーと付けられていた)やらで、なかなか落ち着かずだったけれど、入れ替わり立ち代わり、実は色々なDrが部屋を覗きに来てくださっていた。その中でも、白衣でなかったのは、この麻酔科の偉いDrだけだったけれど。とても嬉しく思ったのを覚えている私だ。

そこから、一週間、入院したが、夫は毎日ずーと付き添ってくれたわけできっと、体はシンドイだろうな?とは思ったが、術後は私も全身で体の回復を行なっているので、気にする暇もなく、時は過ぎて行った。娘は、手術の日は、会社を休み付き添ってくれたが、あの「彼が出来ると良いね〜」という私の術後の発言で、手術は成功したな、、と思ったそうだ。またこの一言で、力が抜けて、夫に任せて、夜には帰宅したようだった。入院中は、何度か、軽い不整脈はあったが、大丈夫だった。口の中の腫瘍をがっつり、えぐるように、とっているので、食事は、入院中は、点滴から流動食。それはずーと続いてしまった。食べられないのは辛かったが、飲み物は飲めるのでオレンジジュースなどをたくさん飲んだ。で、無事最後の検査も終わり、私は退院した。

夫は私が退院して、安心して疲れも出たのか、その後自宅で1日は私の様子を見ながら、時間を見つけては眠っていた。私は私で自宅で徐々に普通の生活に戻すように自分をリハビリしていた。

術後、毎週、一回の通院だった。時間は流れて10月21日の手術から、1ヶ月後、「根治」という嬉しいお話がDrから、あった。

この時、2015年の11月の終わりであった。


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