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「あの日から。31」

2015年12月15日の、昼の時間が過ぎ時間がどんどん過ぎていく。できることはやった気もするしまだまだのような気もする。だけど母の事や父の事は、この今の場所(自宅)では直接どうする事もできず、明日になると(16日)は、多分実家の方が慌ただしくなるだろうからと思い、この日はもういろいろな事。仕事や実家の、母のオペや他を心配するのはやめて、できるだけ落ち着こうと考えた私は、午後からは普段と同じに過ごしたいと思ったが、一つ気になる友人の例の言葉があった。(あの日から。27)で出てくる友人の言葉。

「今更、80歳になって、痛い思いをさせて、命をかけてまで、そんな大きな手術をされるより、ふくさんのお母様が、楽しく、元気に、ストレスを少なくして、お父様と今まで通り過ごされたほうがいいのではないの?」

これが気になって気になって。彼女からは、何度も私を説得するように同じようなメールが来ていた。ちょうど父の排泄介助問題もあり人間の「尊厳」という事を考えた。母の死も父の死もいずれは訪れる「死」。それはわかっているのであるが、何もせずに、そのままでいるか?あえて危険なオペに踏み切るかは、家族も、もちろんだけど一緒に人生を歩いて来た父にとっては、母の存在はあって当たり前だろうし、父が亡くなった後に出て来た父の俳句に、母とこれからの人生笑って過ごしたいと読んであった。

父が亡くなってしばらく皆が悔やんだ。私もそのことの大きさに、心が壊れていきそうだった。だけど今、あれから、丸3年が過ぎた今はどうだろう。

多分、一番、泣き悩み苦しんだ母は、泣きながらも人生を強く歩いて行く。小さいけれど、凛として美しい人だと私は思う。ここに私は母の「尊厳」を感じるのである。母は心がとてつもなく強い人だと思う。この母の思いや父の思いに応えられなかった私は後悔の嵐なのだ。

今となっては父は母に笑顔で生きる事を託して、行ってしまったんだなと感じることが多い。父の残された言葉をまだやっていない私だ。こうやって書いていくと、凄く辛いのだけど、これもまた父が頑張れと言ってくれてるような気がしてる。

先ほど、友人の言葉が気になると私は書いたが、友人の言葉は、間違ってると思う私だ。「尊厳」は自分で決めればいい。人生これでいいと思ったら、そこまでだ。攻めの人生そのものの母を見ていると、私もこれからだとも思うのである。

脱線の話だが、正直な、私の気持ちである。

2015年12月15日が、ゆっくり、終わっていく。


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