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「あの日から。48」

2015年12月18日の朝になった。 

バタバタとホテルを後にした私たち夫婦は、今日の予定を確認しながら車を実家まで飛ばした。

この日は実家で昨日の結果を含め、父や母。また妹の今後を話し合いをし。その後、父のデイサービスの施設とケアマネージャーAの事務所まで行き顔合わせをする事になっていた。

また、とりあえず手術までの期間の母の生活の手助けをどうやっていくか?妹一人では、母と父を任せるのは無理だとわかっているので、話し合いで、私達夫婦がサポートできることはするスタンスで、私たちはやっていくしかない。

あっという間に実家につき、玄関からブザーを押すと母が出てきた。朝早めの時間だったので昨日の疲れもあってか、母は少し顔色が青かった。

「お母さん、、大丈夫?」

と声をかけたが母は

「大丈夫だけど、、疲れたわ〜」

と言っていた。そりゃそうだ。昨日、急にオペの日まで決まってしまい、その後、精密検査を20種くらいは、やっていたので、そりゃ疲れる。私たち夫婦だって、相当に、疲れていたわけだし。

実家につき、父のところに行くと複雑な顔をしていたが、母と相当話し合ったようで、

「ふく お母さんを頼むよ」

と言った。また、私の夫には、

「よろしくお願いします」

と言ったが、あとは、割合に、くだけた感じになった。思ったよりも落ち着いているなというのが、私の感想。ただ、ここの場にやはり昨日疲れた、妹はいない。

和気藹々に話は、進み、母の手術前から、母が退院して、大丈夫まで、約1ヶ月、父のデイサービスから、ショートステイに切り替えなければならないので、ケアマネージャーAには、是非とも今日は顔合わせをしたいと思った。

が、、昨日、むかえに行った父の今のデイサービスの施設の責任者にも、顔合わせに行きたいと思い、行ってくるよと行った時だった。それまで、笑顔で、話をしていた父だったが、ぽつっと一言。

「ふく、、お母さん、本当に手術しないと、ダメなのか?」

と父が言い出して母が慌てて父を見た。

「お父さん、何言ってんの?話し合ったでしょ?」

と父を宥めた。

そうか。やっぱりな。父はそういうかもしれないと、半ば、半分、私が思っていたこと。父は手術には反対してる。という思いだ。なので、やはりなという私の気持ちもあったが、かなり話し合ったなと思われる、父の絞り出すような声は思い出しても悲しい声だった。

当たり前だ。父に執刀医に会わせることもせず、ちゃんとした説明を、まだしていない。もう一回、和気藹々ではダメだ。ちゃんと説明して理解してもらおうと、デイサービスに行くべく立ち上がった私たち夫婦は、もう一回、座り直して、TVを消し、父に、母の状態や、手術の話を一から、やり直した。

父は、先ほどまでとは、全く違う意見を話し出した。

2015年12月18日、午前中である。

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