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【自己紹介No.11】福濱 伸一郎(Less is Plus)

こんにちは。M-1グランプリ2019が今週の日曜日と近づいてきているのでドキドキしだしているRELATIONSの福濱 伸一郎(@s29802980)です。章太朗さんから無茶振りの効いたバトンを受けとりました。

ようやくバトンが回ってきたと思えば、皆のちょっとずつハードルが上がってる自己紹介noteですが、頑張っていきましょう言うてやってますけども。(←はい、和牛さんのネタのフレーズです)

自分は新卒入社3年目になります。18卒で本来なら、2年目になるのですが少し無理言って早く入社させてもらいました。それくらいええ会社ですよ←

現在はLess is Plus(コスト改善コンサルティングサービス)の営業チームに所属しています。メインの仕事はアライアンス営業(提携先からのクライアント紹介の促進)、又はクライアント営業。サブでちょこちょこ新卒採用などのお手伝いをしてます。

もう11本目となる自己紹介noteですが、Less is Plusの人間は初登場ですね。(一応、RELATIONSで1番人数の多い事業部になりますので、これからは皆に書かせていきます。)

1. まずは趣味のお話

ずっと好きなもの、最近ハマってるものを中心としたつまらない話をまず聞いていただきましょう(笑)

▼趣味その1:お笑い

好きな芸人さんのお笑いバラエティや漫才番組は擦るほど観ています。この前放送されていたIPPONグランプリはすでに3回観ましたし、昨年のM-1グランプリの霜降り明星の2本のネタは各100回ほど観ています。霜降り明星のネタに関しては、文字起こしして「粗品さんとせいやさん、どっちがどのボケ&ツッコミを考えているのか」を探したりもしました。

※大体、芸人コンビの方々は主導でネタ作りをしているのがどちらかに偏るのですが、霜降り明星は2人でネタ作りをしているそうです。個人的にびっくりしたのはフットボールアワーは岩尾さんがネタを作ってるそうです。てっきり後藤さんかと…。

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芸人さんの中でも千鳥はずば抜けて好きです。ただ、最近はあまりに売れすぎてしまってるので、好きと言いたくない感情に駆られています。この前のTHE MANZAIのネタは千鳥らしくて、最高でした。

以下は自分お気に入りのM-1ネタです。知ってる方いたらぜひ話しましょう。

・チュートリアル / バーベキュー(M-1グランプリ2005)
・ダイアン / サンタクロース(M-1グランプリ2008)
・銀シャリ / ドレミの歌(M-1グランプリ2016)
・和牛 / ウエディングプランナー(M-1グランプリ2017)
・かまいたち / 行列に並ぶ短気なやつ(M-1グランプリ2018予選 3回戦ネタ)
・霜降り明星 / 豪華客船(M-1グランプリ2018)

M-1はネタだけじゃなく、審査中の掛け合いなどもめちゃくちゃ好きです。2017年ではジャルジャルの福徳さんが最終決戦に進めないことが分かった途端、涙を流しそうになる場面など。死ぬ気で努力してきたんだなと体感できる映像で、いつも元気をもらってます。

▼趣味その2:サッカー

後からたっぷりお話いたしますが、ずーっとサッカーをしたきた人間でございます。なに言われてもパスサッカー(華麗で綺麗で美しいサッカースタイル)が正義だと言い張ってましたが、最近ではプレミアリーグのリバプールのダイナミックなサッカーを観てしまいます。

サイドバック(ディフェンダー)があそこまで得点に関与してしまうサッカーは想像を超えてしまっています。(サッカーに詳しくない方々すみません…)


▼趣味その3:ドラマ

最近はあまり観れていませんが、母の影響のありテレビドラマはかなり観てきました。最近のドラマでオススメするとしたら「グランメゾン東京」です。中でも8話は、ビジネスマン(特にベンチャーの方)はぜひ観ていただきたい作品です。

※ちなみに「グランメゾン東京」はフレンチレストランがミシュラン三つ星を目指す話です。

その中で2つ、好きなシーンがあります。

1つ目は会社やチームの目標設定の参考になるような8話の全体のストーリーです。(↓ちょうどいいツイートがあったので使わせていただきました。)

2つ目はあるシーンで、ホールスタッフからキッチンに要望が入り、シェフ同士の会話で、要望を受け入れるか受け入れないかという話があるんですが、その中で尾花夏樹役(木村拓哉さん)が言う「ホールの声は神の声。お客様の一番近いやつのこと、信じよう」というセリフ。ジーンときました。組織で働いている方々は同じような場面があると思います。

例えば、プロダクトを開発するチームであれば営業とマーケ、CSとエンジニアなどなど。こういった信頼の上でコミュニケーションを取れると素敵すぎるなと感じたシーンでした。

2. 経歴

そんな趣味を持っている自分ですが、先ほどでも書いた通り大学生まではサッカーづくしの生活でした。そんな生活の中で自分の価値観を創りあげてるなというエピソードを2つお話します。

▼エピソード1:小学校〜中学校時代

お話の前に可愛い可愛い小学生時代の動画を(笑)

こんな丸坊主にしたりもしてました。父は小学生の頃からトレーニングに付き合ってくれて、毎日2時間は自宅前の公園で特訓してました。激しい時はボールはほとんど関係ありません。「ぶつかってこいコラアアア!!」というような感じで父が煽るので、父に向かって吠えながらタックルしていくようなこともありました(笑)

うるさくやりすぎてたので何度も通報されましたし、マンションのベランダから知らないおばちゃんに菓子パンやヨーグルト3パック入りのやつを丸ごと投げられたりもしました(笑)今となれば申し訳なく思います。

ただ、このような特訓のおかげで運動神経がよくない自分でも、のちのち強豪校に通えたんだと思ってます。

そんな幼少期の自分ですが、小学5年生の時に大阪でも比較的上位のチームにジョインすることに決め、当時所属していた地元のチームから移動しました。当時の自分のポジションはボランチ(ミットフィルダー)でした。

ちなみにボランチってここです。

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中学2年生までは、上級生に混じって試合に出てたりとチームの中でも優遇される位置にいました。この頃までは正直調子乗ってました。ある程度やれば、なんでも1人でできるだろというような考えを持っていて、チームメイトのことなどあまり考えてなかったです...。今思うとほんとクソだなと思います。

そんな生意気くそ野郎は、1つの壁にぶち当たりました。その当時は「自分はボランチじゃないとサッカーをやる意味がない」という風にボランチというポジションに固執しまくってましたし、サッカー人として失格です。ただ、中学3年時に自分より上手い子が入ってきて、そのボランチからサイドバックへコンバート(ポジションの移動)されました。もう生意気くそ野郎は絶望的。試合には出られるものの、ボランチじゃない自分が嫌で嫌で…。ショックを引きづりまくって、ついには監督に「辞めます」と伝えてました。

ちなみにサイドバックとはここです。

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もう中学校の部活動でサッカーをしようとしていた自分の元へ、2人のチームメイトが来てくれました。もうそれは宝物のような言葉ばかり、シャイで自分の気持ちを伝えるのが下手な2人なんですが、必死に「最後まで一緒にやろう」と泣きじゃくっている自分に温もりのある言葉をかけてくれました。男の友情ってええですね(笑)

後日、2人についてきてもらい監督に謝りに行きました。そこから練習に試合と重ねていきますが、ポジションはサイドバックのままです。当時新しく入ってきたコーチがかなり面倒を見てくれて、「サイドバックからでもゲームは創れる」と言ってくれて。もうそこからはヤケクソでした。プロ選手の動き方からトラップの方向や身体の向き、配る視線まで勉強して勉強して…。

結果、めっちゃくちゃ楽しくなりました。でも違和感があるのは「サイドバックが楽しくなった」という理由ではなかったのです。よーーーく考えてみると「こいつらと最高のサッカーをして全国大会に出る」とういものに楽しさを感じていました。その時に自分のやりたいこと(ポジション)だけに固執してるやつってダサい、と思えるようになりました。はい、生意気くそ野郎の卒業です。

全国には出れなかったのですが、今でも最高の仲間です。今年の年末もAirbnbで一軒家を借りてドキュメンタルを自分達でやるみたいです。当時も地方遠征の夜は、皆でイロモネアやったりと遊びも本気なバカで最高なメンバーでした(笑)

▼エピソード2:高校時代
ここまでで既に3000字を超えているので、タイトにしていきたいところです。(まとめられる気はしていない)

そんな生意気くそ野郎を卒業した福濱は、京都橘高等学校へサッカー推薦で入ることになりました。今では全国常連校っぽくなってきましたが、入学した当時は全国大会に1度だけ出たことがある程度のチームでした。ただ関西では名の知れた高校だったので、京都の選りすぐりが集まっていました。

当時一緒にプレーしていたメンバーは、今ではJリーグで活躍しているメンバーも多々います。もうそれは大阪で培った生意気さなんて払拭されてしまう、到底叶わないレベルの選手が多かったので、トップチームでの出場機会は多くなかったですが、3年生ときには全国ベスト4といういい経験をさせてもらいました。

ベスト4だった時の開会式の写真。

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2つ目のエピソードは、この3年生時の冬の全国大会(全国高校サッカー選手権大会)の話です。年末年始になると地上波でも放送されてるのでご存知の方も多いかもしれません。あの大会です。

この全国大会では、1チーム25名まで選手登録が可能。当時約100名(1学年30名ちょっと)だったサッカー部なので1/4はメンバーに入れません。中でも最後の年である3年生は13名だけがメンバーに入れていました。なので20名程度は京都に残ることになります(試合当日だけバスに乗って関東まで応援にいく)。

12月上句から選ばれたメンバーは、関東に前入りし全国大会に備えます。京都に残った3年生は練習試合も組まれないし、もう試合も無いからといってグラウンドも他の部活に取られるのでボールさえ触れません。やることは学校の周りを走る外周のみ。なので京都に残った3年生は、直接的に関われる試合がないまま、いつもより厳しいトレーニングを受ける毎日なのです。

他の高校だと、選ばれなかった3年生は早期引退という形をとったり、練習に行く必要がなかったりと。そういう高校が多かったと思います。

自分は、運よくトップチームにいたので関東に滞在して、練習や試合をこなしていました。勝ち進んでいく中で自分が痺れたのは、スタッフ陣から話される以下のような言葉でした。

・今日はあいつら(京都に残ってるメンバー)は〇〇km走ったらしいぞ
・あいつがあのコースを〇〇分で走ったらしいぞ

もうあの感覚は忘れれないです。京都に残るメンバーが「トップチームのために自分たちも必死にトレーニングする」というものを見せてくれました。もうさすがにアイコンタクトだけででみんなが考えてることが分かりました。「負けられへんなあ」って。

この体験が自分の中で、チームってこうあるべきだなと思わせてくれました。惜しくもベスト4とサッカーでは日本一にはなれませんでしたが、自分の中では日本一のチームです。

3. RELATIONSに「入るまえ」と「入ったあと」

さて、最後です。すみません。めちゃくちゃ長くなりました。
なぜRELATIONSだったかって話です。サッカー時代の2つのエピソードが強く紐づいていると思います。

・自分のやりたい(業界やポジションや役割)ことだけ選ばない。そうでなくとも全力を尽くしたいと思える仲間・環境か
・会社全体で欲しいもの(ミッションや目標)を勝ち取りにいけるチーム感なのか

入ってから確かに分かることは、既存事業でも新規事業でもハッピーなニュースがあれば事業部関係なく、みんなで喜びを分かち合える会社です。

そして、自分は以下の記事のように事業部を異動しました。これも社内のメンバーに色々ヒヤリングした結果、「異動したほうがバリュー出せそうだな」と自ら異動を志願して、この既存事業であるLess is Plusにいます。

ずっと、新規事業に携わっていたいみたいなものはありましたが、「会社の課題が見えていて、自分のできることも明確になったのにまだやりたいことだけやる…、だっさいな」と思えました。他の会社を経験してないので説得性ゼロですが、会社選びを間違ったと思ったことはないです。

まだまだ自分の理想としているチームではありませんし、まだまだ会社やチーム全体にインパクトを与え続けるような人間にはなれていないので、最もらしい価値を出せるよう追及していきたいと思ってます。

4. 次のバトンは?

次のバトンは....、深沢一創です。RELATIONSの創業メンバーでもあり、Less is Plusの事業責任者でもあります。自分がRELATIONSの選考に進むきっかけとなった人でもあります。普段は社内でもいじられキャラで、焼肉おじさんと化してますが、メンバーを笑顔にしてくれる大好きな大先輩です。もちろん、とっっっても面白い自己紹介を書いてくれます。乞うご期待♡

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RELATIONS株式会社でコスト改善サービスのセールスをやってます。お笑い大好きです。
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