【後編】あいつや。あいつが、ウチを女にしたんや!

前回の続き。

〜これまでのあらすじ〜
ウチ、小学3年生、女!転校してきたあいつはアホでやんちゃで人気者で、なんか嫌いや。嫌いやった、ばすやった…。なのに、知らん間に、ウチは女になってたんや。あいつや。あいつがウチを女にしたんや!


私たちは小学4年生になっていた。
ボロボロの平屋に住んでいた私も、父の頑張りで、マンションに引っ越した。校区をまたいでしまったので、学校には越境で通っていた。


プレゼント交換事件。
それは、小学4年生の私にとって、とても壮大なドラマだったと思う。日数にして3〜4日ほどのことかもしれない。だけど東京ラブストーリーで言うと4話目から8話目までくらいの厚みの出来事だったのだ、私には。


ある日、Kが、「レターセットあげるわ、内緒やで」と言った。もうエロい。(なんで?)

その日Kと私は一緒に下校した。Kは校区外である私の家まで遠回りして、ランドセルを置くのについてきてくれた。父が過保護で男子との関わりを禁止されていたため(娘の顔を客観的に見てみなさいよ)、Kには廊下で隠れて待ってもらうことになった。家に入り明らかに動揺する私の挙動を怪しむ父を逆ギレで振り切り、走って2人でマンションを出た。トレンディー。

そして次はKの家に寄った。Kは家の中から、レターセットを持ってきてくれた。動物のキャラクター系のかわいいレターセットだったと思う。そのあとも何年もの間、缶ケースの宝箱に大事に保管されることになるレターセットだ。


その夜、私は考えていた。「何かお返しをしたい。」私も何か大切なものを彼にあげたい。

何をあげるべきなのか、答えが出ず数日経ったある夕食時、タイミングは訪れた。お母さんが「あ、そうやそうや、あんたこれあげるわ。2個あるから1個友達にあげ」と、すごいものを出してきたのだ。


"山田花子のキーホルダー"だ。


今となっては大先輩である、吉本新喜劇の山田花子さんのギャグボイスが入ったマスコットキーホルダー。

それも、金色だ。

"きんいろ"なのだが、もう、格で言うと"こんじき"と言ってもいいくらいだろう。

市販されているものはカラーのマスコットなのだが、祖母のスナックの常連に吉本の社員がおり、特別に非売品の"金の山田花子キーホルダー"を手に入れることができたのだ。


金の山田花子キーホルダー。これを私は、一番大切な人にあげたい。心がギュッとなった。

布団を敷いて寝る準備をし、私はパッケージの中で輝く金の山田花子キーホルダーを眺めて、うっとりした。

おソロの金の山田花子キーホルダー。さっきまで、"おもろいおもちゃ"だったキーホルダーは、Kにあげるという意味をもった途端、女の香りを漂わせるペアゴールドアクセサリーに変貌を遂げた。

金の山田花子キーホルダーを大切にランドセルにしまい、浅い眠りに入った。


寝不足。学校におもちゃを持っていってはいけないのは、重々承知だった。そんな悪さはしない子だった。Kが私を悪い子にしちゃったの。
すぐにでもプレゼントを渡したかった私は、休み時間に教室の後ろにKを呼び出し「すぐランドセルに入れて、絶対家帰ってから開けてな」とこっそりプレゼントを渡した。

Kは言われた通りにすぐにランドセルに入れ、無事誰にもバレることなく休み時間は終わった。

Kが家でプレゼントを開け、山田花子の背中のボタンを押してあのギャグを聞くときの笑顔を想像すると、全然授業が入ってこなかった。


そして事件は起きた。

お昼休みを終え、5時間目は授業ではなく身体測定。
小学4年生の私達は、男女混合で保健室に集められる。

保健室。−それは、なぜか一言も喋ってはいけない場所。−

身体測定のときは特に、張りつめた空気が充満する。私は体育座りを少しも解さず、大人しく座っていた。

クラスの半分ほどの測定が過ぎようとしていた頃、静まり返っていた保健室に、とある声が響いた。


「汗ばむわぁ〜、カモ〜ン、早くしないと、花子が逃げちゃうぞっ」


×2。


ざわつく生徒たちと、片眉を吊り上げる先生を無視して、その音色は、きちんとシステム通り2回鳴った。たっぷり間をとりながら。


一番汗ばんでるのは私だった。

私の頭の回転は早かった。1度目の、汗ばむわ〜、を聞き終わる前に、もう汗ばんでいた。「ちょっと待て!Kが、パッケージから金の山田花子キーホルダーを出し、絶縁テープを引っこ抜き、ポケットに入れた!?」

心臓のバクバクと滲み出る汗が止まらない。やばい、やばすぎる、K、やんちゃすぎるよ…。あんたは怒られ慣れてるかもしれないけど、私は嫌だよ、私はまだちゃんと先生こわいよ…!!


お茶の間の人気者の山田花子さんの声は、保健室を爆笑に包んだ。

いかん、共犯者とバレるまい!と、私も同じように笑いながら引きつった笑顔で先生の目を確認すると、先生はもう犯人Kを睨みつけていた。

罪悪感と恐怖の中、うっすら芽生えた、Kが家に帰るまでプレゼントを開けるのを待ちきれなかったことの嬉しさ。
絶縁テープまで抜いてるということは、もうどっかで一回こっそり鳴らしてるやん。ギャグ、鳴らしてるやん。(照)


次の授業は自習。みんなが静かに机に向かう中、Kはひとりで先生に怒られていた。

そのとき私は、白夜行さながら、好きな人が私のせいで罪を被っているという切ない興奮を覚えていた。
このままじゃ私の愛は納得しない。
私は自白を決意した。


一歩一歩、先生のもとへと歩みを進めながら、私は少し自惚れていたかもしれない。


私…一緒に罪を被る。

先生も女性ならわかるでしょう?どうか私達の愛を許して下さい。


「先生、それをあげたのは私です。」

「なにしとんねん。」


そのトーンは叱責ではない、どちらかというとツッコミだった。

温度差。何か知らんけど、すごく恥をかいた。何か猛烈に恥ずかしかった。


その後も4年生の終わりまでKとは両思いだった。
5年生のクラス替えでクラスが離れてしまいかなり落ち込んだ。それでも5年生のクラスに少しずつ慣れて1ヶ月ほどした頃、廊下でKが毎日同じ女の子に追いかけられてるのを見て、「ああ、今はもうこの子なんだな」と悟った。
私の恋が終わった瞬間だった。


Kと出会うまで、絶えず恋愛が途切れなかった私は、そのあと中学に入るまでの2年間、誰のことも好きにならず、何なら中学3年間もそれなりに恋をしながらもやっぱりKほど好きになれなくて、人生初の未練というものを経験したのだった。


早くしないと逃げちゃうぞ、それはギャグでも何でもない、その後の人生の恋愛における私へのメッセージだったのかもしれない。

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