棄てられた者の行方 12

3.ダビデ

 そうした日々の中、ダビデという若者がサウルの軍団の中で頭角を現すようになった。エルサレムから南に8キロほど下った、(後にはキリスト誕生の町ともなる)ユダ地方のベツレヘム出身で、軍団の誰よりも賢く、勇敢で、周囲への配慮にも行き届いていた。また、竪琴を奏でるのにも秀でており、錯乱状態にある時のサウルを鎮める働きもした。彼はサウルの息子ヨナタンとは、戦場の最先端でいつも一緒になり、ともに戦い、助け合ううちに気持ちが通じ合い、同志のような、兄弟のような関係となっていった。一方サウルの方も、ダビデの能力を認めて部下を与え、攻撃隊の隊長の役目に彼を据えた。ダビデはサウルの期待に応えるように、次々と戦果を挙げていった。実際に向かうところ敵なしの状態だった。当然サウルは褒賞を与え、ますますダビデは勇んで働くという良いサイクルが築かれていった。そして民衆の間でのダビデの評判も上がる一方だった。しかし、人々によるダビデの評価が上がるにつれて、サウルへの評価が下がるという現象も起こった。それは、かつてのサムエルとエリ、その息子たちとの関係に似ていた。もちろんその根本の原因は、サムエルに王権を否定されたということにあったのであるが、サウルはダビデの人気に攻撃の矛先を向けた。ダビデはサウルが遣わす全てのところに出て行き、戦果を上げた。それでサウルは彼を戦士たちの上に据えたが、それは全ての民の目に、またサウルのしもべたちの目にも適い、彼の人望は上がる一方だった。ダビデがペリシテ人を討って帰って来た時、イスラエルの町々から女たちが歌って出て来た。彼女たちはタンバリン、歌、三弦琴によって、踊って出迎えた。女たちは楽しそうに凱旋を祝って歌った。

「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った」。

    これはサウルにとって非常な怒りとなった。この言葉は彼の目に嫌悪感を与えた。彼は思った「ダビデには万と表現し、私には千と表現した。それでは彼には、この後に王権があるだけだ」。それからサウルはダビデに目をつけ、動向を伺うようになった。

     ある時、サウルが側近たちの目の前で突然に暴れだした。皆は、サウルがまた錯乱を起こしたと思った。そこでダビデはサウルの前で竪琴を奏でた。その時、サウルの手には槍があった。サウルはその槍を投げた。彼はダビデを討とうとしたのである。しかしそれは壁に刺さり、ダビデは二度にわたり彼から逃れた。ダビデへのサウルの行動は、明らかにいつもの錯乱を装った意図的なものだった。一方でダビデへの人々の評判はますます高まっていった。サウルはダビデに対して、恐れをさらに強くしていった。そしてサウルはダビデを彼のもとから遠ざけ、千人隊の長にした。それでダビデは民の前に頻繁に顔を出すことになり、彼への民の親しみはますます増していった。サウルは特に戦いの厳しい前線にわざとダビデの部隊を配置したが、ダビデは戦いに勝利し、彼は全ての戦闘で成功する者となった。それは同時に、民にとり、神が彼とともにいると思わせるものだった。サウルはダビデが非常に成功していることを見て、彼に対する恐れをさらに増した。一方イスラエル、ユダの人々は、ダビデが彼らの前に出入りしているので、彼を愛していた。


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ありがとうございます。嬉しいです。
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聖書に興味があります。小説のように身近に読んでいただければ幸いです。