悠久の流れ 9

 ある昼下がりの日だった。その日は特に暑かったので、アブラハムは天幕の入り口の日陰で涼んでいた。天幕の少し前には神木として名高いテレビンの木が立っていて、その下にも日陰があった。アブラハムはその涼しげな光景にぼんやりと目をやっていた。すると突然に三人の男たちが現れてその木陰に立った。彼は思わず目を見張った。その尋常ではない現れ方で、彼は一瞬にして彼らが誰かを悟った。彼は慌てて立ち、彼らの前に走り寄ってひれ伏して言った。「何卒主よ。あなたの目に恵みを賜れますなら、黙ってここを通り過ぎないでください。只今水を持ってまいりますので、それで足をお洗いください。そしてこの木の下でしばしご休息ください。わずかばかりで申し訳ありませんが、これから食事を用意させていただきます。どうかここで一息お着きになってください。それから道をお進みください」。彼らは言った「そうか。では、今あなたが言った通りにしなさい」。アブラハムは直ちに天幕に走り、妻のサラに言った「急いで小麦粉を三人分取り、こねてパンを作りなさい」。それから後、彼は牛の群れに向かって走り、良く肥えた子牛を選び、しもべに渡して調理を命じた。急ごしらえではあったが、彼はパン、チーズ、ミルク、調理した子牛を持って行って彼らの前に供えた。そして彼らの傍に立ち、給仕をした。彼らが食事を始めると、そのうちの一人が口を開いた「あなたの妻サラは今どこにいるのか」。アブラハムは言った「今、妻は天幕の中です」。彼は言った「神は春には必ず、あなたのもとに訪れるだろう。その時、あなたの妻サラには男の子が生まれているだろう」。当のサラは実は天幕の入り口の陰にいて、会話に聞き耳を立てていた。夫婦はすでにともに老齢となっていたので、これから子供を持つなど望むべくもなかった。サラはこの荒唐無稽な言葉に思わず笑いが出てしまった。「私はこんなに年をとって月のものも無くなってしまったし、私の主人も老人だ。私が子供を生むことなどあり得ない」と彼女は思った。するとアブラハムに彼が言った「なぜサラは今笑ったのだ」。アブラハムにはこの言葉の意味がわからず、一瞬怪訝そうな顔をしたが、彼は続けた「彼女は『この私は年をとっている。私が子を生むことなどありえようか』と言っている。神にとって難しすぎることなどあるだろうか。春の定められた時に神は訪れる。その時、サラには息子が生まれているのだ」。サラは恐れにかられて慌てて皆の前に出て行って言った「私は笑ってなどいません」。彼はそれを受けて言った「いや、あなたは確かに笑った」。
 彼らはそこから立ち上がり、ソドムの方へ顔を向けてじっと見下ろした。アブラハムはその様子にただならぬ雰囲気を感じ取った。そして彼は彼らをそのまま見送ることができず、不安な気持ちを抱いて彼らについて歩いて行った。彼らは互いに語り合っていた。「我々は、我々がしようとしていることをアブラハムに隠しておいてよいのだろうか。彼は必ず大きな国民となる。そして地のすべての国民は彼によって祝福されるのだ。神は地の諸国民の中で、まさに彼を知った。そしてそれは彼の息子たち、彼に従う彼の家に、神の道を守ることを命じ、正義と公正を行わせるためだ」。そして彼らの一人が顔をアブラハムに向けて厳粛な面持ちで言った「神の託宣を聞きなさい。『ソドムとゴモラから上がってくる叫び声が甚だしい。彼らの罪は非常に重い。私は降って行こう。そして私に到達した叫び通りかどうか、すなわち確かに彼らが罪を犯しているのかどうか見てみよう。そして本当にそうでないかどうかを私は知るだろう』」。こう言い終わると、彼らはソドムへと体を向けたが、アブラハムはなおその場に立ち続けた。そしてアブラハムは深刻な顔で言った「どうかお待ちください。真に神は悪人とともに正しい人も滅ぼしてしまうのでしょうか。もし町の中に五十人の正しい人がいたならばどうでしょうか。それでも神は滅ぼすのでしょうか。その中の五十人の正しい人の故に、その場所を赦さないのでしょうか。神にとってこのようなことを行うことがあって良いでしょうか。悪人とともに正しい者を殺すことは、正しい者も悪人も同じになってしまいます。こうした裁きは神にとってふさわしいものではありません。全地を裁く者は公正を行わないのでしょうか」。彼は言った「もし、ソドムの町の中に五十人の正しい者が見出されるならば、彼らの故に神はその場所のすべてを赦すだろう」。アブラハムはなおも言った「私は敢えて私の神に向かって申します。もし、五十人の正しい者に五人欠けたならば、その欠けた五人の故に町全体を滅すのでしょうか」。彼は言った「もしそこに、神が四十五人見出すならば、滅すことはしない」。そして彼は再び彼に言った「もしそこに四十人見出されたならば、いかがでしょうか」。彼は言った「その四十人のために神は滅ぼさないだろう」。彼は言った「どうか私の主よ、お怒りになられませんように。私は敢えて申し上げます。もしそこに、三十人見出されたならばいかがでしょうか」。彼は言った「もしそこに三十人見出されるならば、神は滅ぼさないだろう」。さらに彼は言った「どうか私の主に敢えて語らせてください。もしそこに二十人見出されるならばいかがでしょうか」。彼は言った「その二十人のために神は滅ぼさない」。彼は言った「私に今一度だけ語らせてください。このことが私の神にとってお怒りとなりませんように。そこに十人見出されるならばいかがでしょうか」。彼は言った「その十人のために、神は滅ぼさない」。アブラハムが語り得たのはそれまでだった。こうして彼らはアブラハムと語り終えた後に去って行った。そしてアブラハムもロトの行方を案じながら住まいに戻った。。

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