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【ショートショート】決起

 オレは新宿三丁目にあるモリエールビルに向かっていた。
 汚れた階段を地下二階まで下る。
 看板がボロボロだ。
 「幸」と「パ」の字が剥がれ落ち、「せのンケーキ」という白い文字だけが残っている。もともとは「幸せのパンケーキ」という店だった。いや、いまでもそうなのだが、客はオレのような目つきの悪い人間が日に数組やってくるに過ぎない。
 ホットケーキ中毒、略してホッ中の巣窟だ。
 森永の売っている「ホットケーキミックス」はもはや値段がつかないほど高価な品となり、自宅でこそこそ喰うことは不可能になってしまった。
 ホットケーキを喰おうと思えば、こうした店を利用するほかにない。
 煙草、アルコールに続いて、なぜ糖分が狙い撃ちされたのか、その理由はよくわからない。国のやることはわからないことばかりだ。
 ある日、突然、砂糖に90パーセントの税金がかかったのである。
「間食は体によろしくない」
 ということらしいが、ほっておいてほしいものだ。
 そもそもエリートは痩せていなければならないというのは、アメリカから来た思想だろう。やつらこそジム中毒、ダイエット中毒に違いないが、無理な禁欲が攻撃性を帯びて、われわれ間食族に向かってきたのだ。
 チョコ中やらケーキ中やらわが中やら、いろいろな中毒患者が日本にあふれた。ちなみに、わが中とは和菓子中毒のことだ。
 オレは広い店内を見回した。
 いたいた。
 せっかくホッ中の巣窟に来ながらこそこそコーヒーを飲んでいる二人組こそ、オレの本日の会合相手だろう。
 オレは愛想良く、二人のテーブルに近づいた。
「日本お好み焼き連合の方ですか」
「おっ」
 と言って、ふたりは立ち上がった。
「あなたは」
「ホットケーキ連盟の田中です。どうもお疲れ様です」
「いやもう、大変なとばっちりですよ」
 と片割れがこぼした。
「そうですなあ。まさかお好み焼きがパンケーキに認定されるとは思いませんでした。まあ、甘味があるといえばあったけど」
「だって、オタフクソースをかけないお好み焼きなんてねえ」
 おこ中のふたりは怒っている。自分の食べたいものが食べられない怒りは共通しているのだ。共闘できるはずである。
「きたる1月25日はなんの日だかご存知ですか」
「えっ」
 ふたりはうろたえる。
「し、知りませんが」
「国民の99パーセントは知らないのです」オレは声を低めて言った。「この日こそ、森永様の定めたホットケーキの日なのです」
「そ、そうでしたか」
「この日をもって、われわれホットケーキ派は決起しようと思います」
「いったいなにをするのですか」
「約千枚のホットケーキをもって中央官庁に乗り込み、やつらの顔に叩きつけて、喰わせてやろうと思います」
「おお、それはいい」
「壮挙壮挙」
「あなた方にも、ぜひ加わっていただきたい」
「面白い! われわれもできるだけ熱々のお好み焼きを用意しましょう」
「ありがたい」
「他にも参加者はいるのですが」
「クレープ派、ぜんざい派、ケーキ派、スムージー派など、全派閥的に参加する予定です。ぜひお好み焼き連合にもご協力願いたい」
「ええ、われわれの怒りを見せてやりましょう!」
「砂糖バンザイ」
 オレは興奮してホットケーキを三枚も喰ってしまった。

(了)

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