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ワニのいない街で#1『503号室、飼い主』佐藤蕗子

『ワニのいない街で』というタイトルから始めます。
藤原佳奈のテキストと、俳優で、数珠つなぎで紡いでいきます。
あっちへ広がり、こっちへ重なり、
あなたの頭に立ち現れる、不思議な街をお楽しみください。


#1 「503号室、飼い主」:佐藤蕗子


「兄」は、今日もいない。

「兄」、と言っても、それはわたしの兄ではなく、人ですらない。
わたしが「兄」と名付けたペットの、ワニのこと。

「兄」は、一週間前に姿を消した。
どこを探しても、見つからなかった。

全長158cm。光沢のあるざらざらした皮膚。
小さくて鋭い手、フローリングを引きずる尻尾、
鶏肉を骨ごと食べる咀嚼音、むき出しになった牙——

「兄」の気配が消えた部屋は、あまりにも静かで、妙な心地だった。
身体から臓器がいくつか取り除かれてしまってもなお、
動きつづけているような。鈍い、夢の中にいるような。

朝ごはんを食べたあと、「兄」の定位置に座る。
部屋の隅、間接照明とソファの隙間に挟まって、ぼんやりと泣く。
口に手を入れ、歯の裏側を指でなぞる。
歯茎のぬめり、喉の奥から湧く生暖かい息、もたつく舌。
口の中を指でめぐりながら、「兄」の気配を思い出す。
兄がいなくなってから、これが一連の儀式のようになっていた。

……物音がした。ベランダに、何か、ぶつかった。
「兄」かもしれない。窓を開けた。

誰も、いなかった。

隣のベランダから、「すみませえん」間延びした声がした。
男と目があった。隣に住む人。奥には、その妻がいた。

「あの。わたしの“兄”を、知りませんか。」

咄嗟に言ってしまってから気づいた。
この時初めて、兄以外に、人間に、「兄」と口にした。


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と、こんな感じで一発目やってみました!
藤原です。
文体も、テンションも、繋いでいく俳優さんのイメージに照らしていろいろ試してみようと思っています。
ぜひ、一緒に楽しんでください。

次回は、百花亜希さん。
#2『502号室、隣人』
をお届けします。

このモノローグをまとめてあげていくためにyoutubeチャンネルも作りました。(登録者数現在2020/4/14 19:44 時点で1名!それは、蕗子!)
mizhenが企画したものをあげていくオンラインの劇場のような場所にできたらと思っています。ぜひご登録ください〜。

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