『スター☆トゥインクルプリキュア』とイマジネーション

SIDE-A 今回のお題
『スター☆トゥインクルプリキュア』
 先ごろ最終回を迎えた『スター☆トゥインクルプリキュア』(以下『スタプリ』)は挑戦的な作品だった。なにしろ5人登場するプリキュアのうち2人が宇宙人なのだ。「ファンタジー寄りの『プリキュア』に宇宙人を出す必要性が?」と疑問に思う向きもあるかもしれない。だが『スタプリ』はちゃんとそこに説得力があった。
 

『スタプリ』のモチーフは、タイトルの通り“星”。そこを入り口にして本作はまず“未知の存在”への憧れを描く。主人公星奈ひかるは、星や星座が好きで、さらに父親の影響などもあってUMAやオカルトにも興味があるという設定だ。本作は「イマジネーション」がキーワードで、そこには、ひかるの中に宿るこの「未知のものに対する想像力」もまた含まれている。
 「未知のものに対する想像力」は、科学する心の根っこにあるものだ。これが同じイマジネーションでも、ファンタジーにまつわる場合だったら、それは「本当は存在しないものを想像する力」という意味合いが濃くなる。ここで使われている「イマジネーション」はそういう意味ではない。現実にあるものの延長線上、その向こう側に広がっている未知について想像することがここでは「イマジネーション」として呼ばれている。それは極めてSF的な姿勢といってもいい。

 そう、つまり『スタプリ』はSFなのだ。
 その点でシリーズ開幕早々の第8話「宇宙へGO☆ ケンネル星はワンダフル!」は特に印象的だった。同話はひかるたちがはじめて星空界(地球から遠いところにある別の宇宙。ワープホールを使わないと地球との行き来はできない)を訪れ、ケンネル星に立ち寄るというエピソードだ。
、ケンネル星は、骨の形をしていて、毛深い犬に似た姿の宇宙人が住んでいる。ひかるたちがこの星に降り立って驚くのは、ケンネル星人の挨拶は、吠えた後に逆立ちをして名を名乗る、というものだったこと。ひかる以外のプリキュアメンバーは、意外な文化に一瞬戸惑ってしまうが、ひかるだけはこの挨拶を真似しようと一生懸命努力する(でも失敗してしまう様子がギャグタッチで描かれる)。

 異星のコミュニケーション様式が、自分たちの文化と異なることに戸惑うこと。これはファースト・コンタクトSFの重要なポイントだ。
 そして一旦はケンネル星人たちと打ち解けたひかるたちだったが、思わぬことでケンネル星人たちと対立をすることになる。
 今回のプリキュアのミッションは、十二星座のプリンセスが姿を変えてしまったプリンセススターカラーペンを回収する、というもの。一方ケンネル星では、流れ着いたてんびん座のプリンセスのプリンセススターカラーペンを“聖なる骨”として崇めていたのだ。プリキュアたちがミッションを果たそうとすると、それはケンネル星人の文化への侵害になってしまう。
 物語はほどよいところでうまい落としどころが見つかるが、このように『スタプリ』には地球やプリキュアの属する文化・文明を相対化する視線があるのだ。そしてそれを支えているのが、未知の存在も理解しようとするひかるのイマジネーションなのである。そこから本作のSFらしさが醸し出されている。
 『スタプリ』には星空連合という星間組織や、超高性能なAIなども出てくるが、そうしたガジェットはあくまで設定に過ぎない。重要なのは、イマジネーションの使われ方なのである。

 続く第10話「キラッキラ☆ 惑星クマリンへようこそ!」でもひかるは、惑星クマリンのクマムシ型の住民について深い理解を示す。またひかるではなく、プリキュアメンバーの天宮えれなが中心になる第34話「つながるキモチ☆ えれなとサボテン星人!」では逆に、地球を訪れたサボテン型宇宙人が、花屋で植物が売られているということに憤慨するシーンがでてくる。このサボテン型宇宙人が声を発しないタイプの宇宙人であることもあって、やはりファースト・コンタクトSFの趣が強いエピソードになっている。
 なお「言葉を話さない宇宙人とのファース・トコンタクト」という主題は、『映画 スター☆トゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて』でも描かれており、こちらも大変ドラマチックな作品だ。
 『スタプリ』がこうした宇宙人たちを描く時に、それぞれの文化に対して、文明/未開、善/悪のような尺度を持ち込んでいないところも重要なポイントだ。
 それはキュアミルキーに変身する羽衣ララの故郷、惑星サマーンの描写を見てもよくわかる。

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