京アニ放火事件から1年

 京都アニメーションへの放火事件から1年が経ちました。寄付以外の何ができるわけでもないのですが、改めて追悼の思いを込めて昨年9月に毎日新聞に寄稿した原稿をアップします。
 昨年の事件当日は、週刊文春WEBや、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」で京都アニメーションがどのような会社で、どのように支持をされていたかなどをコメントしました。逆にいうと、自分の立場・取材の範囲からは、それ以外はお話できることはないのです。なので、責任が持てて、アンコントローラブルにならない範囲で対応しました。毎日新聞の記事は、それから6週間後に、改めて長めの寄稿をと依頼があり、迷いつつも思うところがあってお引き受けしたものです。雑誌やブックレットにどんなインタビューが載っていたかを、限られた時間で調べるのには、知り合いの京アニファンの方にも協力していただきました。
  改めて亡くなられた方のご冥福、怪我をされた方のご快癒、そして京都アニメーション様の再スタートが順調であることをお祈り申し上げます。

 なお記事中の支援口座などの話題は昨年9月時点のもので、現在とは異なります。

(本文)
 京都アニメーションへの放火事件からおよそ6週間が経過した。事件は国内外のファンに強い衝撃を与えた。それは京都アニメーションが築き上げた“京アニ”ブランドの存在感の表れでもある。ここでは再起の願いを込めて、同社がファンの中で特別な位置を占めるに至った過程を解説したい。

 アニメーション産業は労働集約型産業だ。にも関わらず日本のアニメ業界は、、歴史的経緯の結果フリーランスを中心に、作品ごとにスタッフが集合離散する制作体制が基本となっている。このスタイルはメリットもある一方で、新人育成が手薄になったり、出来高制故に手間のかかる作業の引き受け手が減ったりするデメリットもある。
 京都アニメーションは業界の大勢とは逆に、スタッフを正規雇用する道を選んだ。社員であれば新人育成もしやすいし、月給制だからこそ、出来高制では割に合わない仕事も労をいとわず担当できる。これが同社のクオリティーを支えた。フリーランスのクリエイターがほとんどいない地方のスタジオのデメリットを、社員化というハイリスクな手段でプラスに転化したのが同社なのだ。
 事件で亡くなったひとり、木上益治さんは、1990年代初頭に同社に参加したアニメーターで、主要スタッフとして各作品を支え、同社の技術的支柱として育成も含めて大きな役割を果たした。そして2000年代に入り生え抜きスタッフが同社を積極的に牽引するようになる。アニメ業界は、90年代末からTVアニメのハイクオリティ化が始まっており、同社はこの状況に見事に対応し、むしろそれをリードしていった。実景に取材した風景を正確なパースペクティブ(遠近感)で描いたレイアウト(画面構成)。そして細かく描きこまれた小物や、キャラクターの美麗な作画。それらは圧倒的な存在感を持ち、アニメならではの“青春の物語”と組み合わさることで、ファンの心を捉えた。しかも、大ヒットとなった『涼宮ハルヒの憂鬱』(06年、原作・谷川流)以降、急激にその映像は洗練の度合いを増し、“京アニブランド”を決定的なものにした。

 同社監督はしばしば自社のスタッフの力量を信頼している旨を発言している。たとえば事件で亡くなった一人の武本康弘監督は青春ミステリー『氷菓』(12年、原作・米澤穂信)を監督した際に、高校生の日常を描くことについて「当社はそういう作品をずっとやって来ているので、あえてそこは言わなくてもみんな当たり前のように描いてくれるので」(オトナアニメディアVOL.5)と語っている。『リズと青い鳥』(18年、原作・武田綾乃)の山田尚子監督も、繊細な演技を求めた演出プランについて「繊細で丁寧なものを積み上げることが得意なスタッフが多いので、そこに対する信頼感がないと、あのコンテ(引用者注:絵コンテのこと。演出家が絵入りで映像の内容を指示したもの)は怖くて切れないかもしれない 」(週プレNEWS18年4月26日)と説明している。
 そして、この『氷菓』『リズと青い鳥』でキャラクターデザイン・総作画監督を務めたのが、やはり事件で亡くなった西屋太志さんだ。『リズと青い鳥』の時、山田監督は絵コンテができるとまず西屋さんに見てもらい、その反応を見て時には描き直すこともあったという。アニメーションが集団制作といわれるのは、このようなスタッフ間のインタラクション(相互作用)の積み重なりが作品を作り上げているからだ。今回の事件は、多数の生命が奪われた痛ましさに加え、そうした人たちが生み出した“スタジオという場”もまた損なわれたということの衝撃も大きかった。
 同社は再建のための支援受付口座を設けている。多くの人の願いが結集されることを願って止まない。(ふじつ・りょうた)

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