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最も良いところに加えて最大の難点も見るべき

ある県に在住の知人Aさんがいます。Aさんは、時代を先取りし、コロナ禍の発生前から2拠点生活をしています。もともと東京が生活拠点でした。東京から少し距離のある(しかし東京に戻るのがそれほど大変でない)立地の場所が2拠点目です。先日、Aさんが東京に来ている際にお会いする機会がありました。

2拠点目の場所は、人口10万人未満の市です。その県では他に、県庁所在地や中核の市、観光で有名な市がありますが、2拠点目にするには賃貸費用が高すぎたそうです。同市が自然も豊かで気に入ったというのもあり、同市に行きつきました。今は取引先も同市と東京でおよそ半分ずつ、時々移動しながら半々の生活をしているそうです。

知人の話では、コロナ禍によるリモートワークの普及の後押しもあり、移住に憧れて、その県にも移住してくる人がそれなりにいるのだそうです。しかし、移住に失敗し元居たところに引き返す人が多いと言います。「思っていたのと違う」「こんなにたいへんとは予想しなかった」というわけです。

そのようになる背景をAさんは、「移住先の一番いいところだけ見て、自分の中でいいイメージを描いてやってくる。しかし、それだと一番難しい局面でもたない」と言います。

例えば、暑い夏に東京から見て避暑地となるエリア、あるいは寒い冬に暖かくて過ごしやすいエリア、逆にもっと寒くてスキー愛好者には理想の雪が積もるエリア、などに観光で行ったことがあるとします。当然ながら私たちは、それらのエリアが最も輝くシーズンに行きます。真冬にわざわざ避暑地のエリアに行く人はいません。「相手の強みが最も発揮されている(あるいは自分にとって好都合な部分が発揮されている)場面で相手を見ている」のです。

しかし、避暑地であるということは、当然冬は東京よりはるかに寒くなります。うっすらと雪が積もった程度の積雪でニュースになる東京の生活に慣れた人が、避暑地の厳しい冬のシーズンで生活するのは簡単ではありません。「相手の弱みが最も現れている(あるいは自分にとって不本意な部分が現れている)場面」に面食らうのです。

Aさんは、移住で失敗する2大要因として、季節の違いと人間関係への不適応を挙げます。県外からの観光客に対しては、地元の人は自分たちのほうから積極的に、そして最大限親切に接します。理由はシンプルで、「商売になるから」。移住してくる人もマクロの視点ではその県に経済効果をもたらす恩人なのですが、観光客ほど分かりやすくありません。自分たちと同じいち生活者になった途端に、違った存在になるわけです。

Aさんは、「田舎への移住は、自分から村社会に入り込んで人間関係をつくれる気概のある人でないと向かない」と言います。実際Aさんは、自分のほうから移住先のあらゆるコミュニティに出向いて行って名刺交換し、あらゆるイベントにも参加してきました。そうして何年か目の今年になったあたりから、ぽつりぽつりと地元の仕事を紹介してくれる人が出てきたそうです。「地元の人のほうから声をかけてくれるわけではない。自分から声をかけないとだめ。しかし、多くの移住者はそれができない」のだそうです。私も出身が田舎町ですので、この話は大いに想像がつきます。(もちろん、最終的には各地でそれぞれ事情が違うと思いますが)

Aさんは2拠点生活を始める前からこのことを想定し、2拠点生活後を十分にイメージできるよう、次のことを準備したそうです。

・その地で自分にとって最も厳しい場面を体験する。
・自分から人間関係の輪に入っていく覚悟をする。

私は、「今の話からは、よく都会のわずらわしさが嫌になって田舎に行こうという話があるが、ユートピアなどなく、どこに行っても何らかのわずらわしさが必ずある。自分に合ったわずらわしさが何かの選択が重要なことだと感じる。」とAさんへコメントしたところ、「まさにその通りだと思う」という反応でした。

以前、ある田舎に移住した知人Bさんを訪ねたことがあります。ちょうど地元の夏祭りのシーズンで、祭りを見学して行けという話になりました。その祭りのクライマックスでBさんともう1人がふんどし一枚の裸で登場し、自虐的な芸(かなりきつい)を披露し始めてびっくりしました。Bさんは次のように話してくれました。

「年1回のこの祭りでは、下っ端連中何人かが何かの芸を考えてふんどし姿で披露することになっている。自分は移住者だから下っ端の扱い。当然断れない。地元の子供が成長してくれば自分は抜けられると思うが、あと何年かかかりそう。この祭りは地元の人がとても大切にしているものだから、絶対に失敗できない。何か月も前から憂鬱だったが、ようやく安眠できる」

この話を聞いて、私自身はここへの移住は絶対に無理だと思いました。地元民内輪の祭りでもあったようで、一見さんには興味なし。Bさん以外に向こうから私に話しかけてくれた人も一人もいませんでした。それでもBさんは「こういうのも含めてここが好きで、自然が最高ですね」と言います。AさんやBさんが、移住で成功する人なのだろうと思います。

「相手の長所だけでなく、自分にとって最も厳しい影響をもたらす短所を十分に知っておく」。このことは、自分が身を置く環境の選定に加えて、何かの依頼をするビジネスパートナー選びや、何か大切なことを一緒に進めたり時間を共にしたりする仲間選びでも、まったく同じことが当てはまると思います。

「違うな」と感じたらすぐに離れたり契約解除できたりする相手や案件なら、どんどんトライアンドエラーでよいでしょう。しかし、仕事選びや重大なパートナー選びなどでは、そうはいきません。そして、私たちの身の回りには、大きな契約で失敗する話はたくさんあると思います。

移住のBさんより賃貸での2拠点生活のAさんは、引き返しができる分リスクが少ないと言えます。実際、Aさんは2拠点生活を何年か試してみて、2拠点目である程度の仕事量の目途が立ったとして、今は半々の比重になっている仕事量を、今後は2拠点目のほうにややシフトすると言っています。最初からアクセル全開なのではなく、いつでもブレーキをかけて止まれる状態で走り始め、視界良好になってから全開にしていくわけです。上記のような準備に加えて、リスクヘッジもきいています。

短所を知りそれでも自分はその短所に対応していけるか。あるいはその短所を許せるか。あるいはその短所ですら長所と認識できるか。この2拠点生活の話から学びたい視点だと思いました。

<まとめ>
相手の最大の難点も受け入れて対応できるのかを、事前に確認する。


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