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高校中退後の進路(下)

前回の投稿では、Aさんの息子さんが高校を中退し、あるスポーツで世界チャンピオンを目指してスポーツ教室に通い始めたこと、Aさんは親としてコーチのような関わり方でそれを支持し目標を実現するために一緒に行動していることを取り上げました。

私たちは、何かを意思決定する時に、機会費用(トレードオフ)を考えることが重要です。機会費用とは、「あるものを手に入れるために、あきらめることになるものの大きさ」です。事業活動においても例えば、「最高の空間、徹底した個別サービスによるおもてなし」を追求するホテルであれば、高単価となります。この場合、低単価による集客誘引という方法はあきらめなければなりません。

逆に、低価格でのフル稼働を戦略とするホテルは、空間・個別サービスなどの追求はあきらめて妥当な範囲のレベルにすべきでしょう。「最高の空間、徹底した個別サービスによるおもてなし」を低価格戦略ではできません。また、中途半端に両者をとろうとすると、うまくいきにくくなると言えます。

Aさんの事例(息子さんの高校中退・スポーツへの進路に専念という意思決定)で、得るもの、失うものを整理してみました(ご本人による整理ではなく、藤本の理解による整理です)。

<得るもの>
1.興味を持った物事に全力で挑戦したことへの自信・やり切った感
2.将来の具体的な目標設定、日々の具体的行動・タスクへの落とし込み、実行することの習慣化
3.2.を通して得られる体力と精神力
4.世界チャンピオンになれる可能性
5.(なれた場合の名声、キャリア展望、富・・・等)

<あきらめるもの(失うもの)>
1.高校3年生の思い出(クラス活動、学友との遊び、文化祭、卒業式・・・等)
2.中退による、学友との結びつきの希薄化(卒業後の連帯の強さを失う)
3.大学や専門学校など、進路の選択肢の多様性
4.3.を通して得られる、安定性が高い(おそらくスポーツよりはそう思われる)職業生活
5.金銭(同スポーツ名門教室の指導料、別の仕事を始めていた場合の収入。高校卒業後就職せず、大学や専門学校等に進学したとしても、選んだ道(スポーツの英才教育)はそれら授業料を上回る金銭が必要。)

答えは、人それぞれ違うでしょう。
これらを天秤にかけ、失うものの方が大きいと判断すれば、その選択肢は取らないほうがよいということになります。逆に、得るものの方が大きいと判断すれば、その選択肢を取るべきとなります。そして、それぞれの大きさについて、客観的な判断(何らかの基準にもとづく定量的な大きさの想定)と、主観的な判断(自分にとってはどうなのか)との、両方をよく考えるべきでしょう。

これらのうち、息子さんの思いであり、Aさんの人生観とも合致していた、最も重要な要素が、「得るもの1.」だったようです。もちろん、4.が重要だけれども、仮にチャンピオンになれなくても1.があれば生きていける、あきらめるもの1.~5.は全部足し合わせても、得るもの1.より小さい、ということのようです。

そして、息子さんは自覚していないようですが(年齢的にも当然でしょうが)、Aさんとしては、得るもの2.を重く見たというお話でした。
・2.さえ本物の習慣として手に入れることができれば、その競技人生が終わった後も(あるいはプロにもなれず競技人生自体が始まらなかったとしても)、実業の世界で何でもやっていける人になる。
・親の言うがままに何も考えず大学出た人より、2.が本物となって習慣化できている人の方がよほどビジネスでも強い。
・息子本人が同スポーツを通してそれを手にしたいと言ってきている、こんなチャンスはない。

というお考えのようです。また、大学や専門学校などは、本当に行きたいなら何歳からでも行けばよいと。これが、投資家・実業家として身を成してきたAさんの見解のようです。

こうではなく、同スポーツをあきらめて高校に残る選択をした場合、上記の「得るもの」と「あきらめるもの」がすべて逆転します。そうなると、得るもの1.の裏返しとしてあきらめるもの=「あの時ああしとけば、その後どうなったのだろうか」という後悔が一生付きまとうかもしれません。

このようなAさんの息子さんに対する関わり方は、なかなかできるものではありません。なぜそれが可能だったのか、私なりに3つポイントがあると考えます。

1.的確な「問い」を立てることができる

Aさんは、コーチが本業の方ではありません。事業家・投資家です。
伺っているご経歴からも、コーチ業そのものの活動はありませんし、コーチングの勉強をされたわけでもなさそうです。ただし、言葉をテーマにした書籍を出版したご経験があるほど、言葉の使い方にはこだわりを持っている方です。ですので、ご自身のセルフマネジメントでは的確な言葉による的確な問いを意識し実践されてきました。

・何かで失敗したら、「失敗ウェルカム」とつぶやくのが習慣化している
・「短所だと思っていることは、実は尖った長所である」・・・など

ポジティブなセルフトークがポジティブな思考を生み出すというのは、各所で言われている通りです。Aさんは、事業家・投資家として極めて厳しい状況下を生き抜く上で、まさにそれを実践し、体得されてきたように感じられます。Aさんいわく、「言葉は自分をつくる。良い言葉、物事のポジティブな側面に焦点を当てる言葉を意識的に使うと、明らかに思考がよい方向に変わる。」そうです。逆に、「もしこのコップをひっくり返したらどうしよう、と意識すると、コップをひっくり返すことに思考が引っ張られてしまう。」と言います。言葉の使い方を学んで自分なりに極めていっていることが、息子さんに対するコーチ的なかかわり方に活かされていると言えるでしょう。

2.選ぶことに慣れている

Aさんは事業家・投資家として、過去に成功も失敗も経験されています。前回コラムで取り上げた「機会費用」の考え方をもとに、利害得失の視点で物事を選んで意思決定し、成果を上げてきた方です。決して物事を「惰性で考える」「漫然と選ぶ」とはしません。利益を生み出す条件を見極めてきた「選択眼」は、AとB二つの選択肢に遭遇した時に、それぞれの利害得失を網羅的に浮き彫りにし、双方選択肢の結果を仮説立てることに慣れています。この選択眼は、息子さんの意思決定にあたって、考慮すべきあらゆる要素を浮き彫りにしてくれたはずです。

3.普段から子供とよく対話している

Aさんは、今回の意思決定に限らず、普段から子供をよく見て対話しているようです。これは、コミュニケーションやコーチングの考え方で言うところの「承認」や「観察」にあたります。そして、好きなことを選ばせるということを、小さい時からしていたそうです。「あなたの選択肢について一緒に考えよう」と急に言われても、相手がすぐそれに乗っかれるものでもないでしょう。「承認」や「観察」の蓄積という前提があるからこそ、いざという時に相手が聞く耳を持ってくれるものだというのを、Aさんのお話からは感じます。

上記で考えたように、Aさんによる息子さんの意思決定の支援は、偶然できたことではなさそうです。

・「物事を選ぶ」ことの本質を身に着けた上で
・的確な問いを立てて一緒に各選択肢について考える
・その相手とは普段からコミュニケーションの下地ができている

これらが揃った上での結果だと考えられます。そして、これらは相応の学習と実践の繰り返しという「準備」があって、同事例に遭遇した時に活かされたことを意味します。このことは、会社組織での人と人とのかかわりにも応用できると思います。

ちなみに、Aさんは、息子さんが小さい頃は仕事が忙しく、ほとんど会話できなかったと言います。ある時そのことに気づき、ある程度大きくなってから対話を意識して実行するようになったそうです。「小さな子供との時間は取り戻せないもの」であると同時に、「対話を始めるのに遅すぎることはない」とも思いました。

<まとめ>
・何かを意思決定する時には、機会費用(トレードオフ)を考える。
・的確な問いは、思考を変える。


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