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起業家が出戻り転職する

7月15日の日経新聞で、「起業後、日立に「出戻り転職」 外で磨いた技、古巣で発揮」というタイトルの記事が掲載されました。

自社を退職した人材をアルムナイ(卒業生、同窓生)ネットワークとしてつながりを維持し、場合によっては再度自社で活躍してもらう取り組みを各社が進めていることについて、以前の投稿でも取り上げたことがあります。同記事では、他社への転職ではなく自らが起業するために退職した人も、また出戻り社員として活躍しているという事例のようです。

同記事の一部を抜粋してみます。

10年前、起業のため日立製作所を退社した染谷優作さん(42)は、昨年、古巣に戻った。企業や行政向けの戦略や計画の立案といったコンサルティング部門で、独立時代の人脈や経験を生かしている。

学生の頃、映像制作が趣味だった。映像機器に携わりたいとの思いから04年、エンジニア職採用で日立に新卒入社した。「起業の選択肢があることすら考えなかった」といい、定年まで働くつもりだった。

テレビやビデオカメラを開発する部署で、液晶プロジェクターの光学構造の設計などに取り組んだ。仕事に不満はなかったが、7年目から携わった商品企画がキャリアを見直すきっかけとなった。

電子黒板機能が付いたプロジェクターの商品企画に参加。教育のデジタル化は各国共通の課題で、教員のニーズを把握するため、海外の学校を訪問した。

そこでみた光景に衝撃を受けた。創造性を伸ばそうとするアジアや欧州の先進的な教育は、想定をはるかに上回った。北欧では小学生の子どもがメガホンを取り、地域の課題をドキュメンタリー映像に仕上げていた。

心を動かされると同時に、娘を持つ父親として日本の教育に危機感を覚えた。「将来、世界と競っていけるのか」

帰国後も思いは募り、自ら教育現場の状況を変えたいと考えるようになったが、会社を辞めてまでチャレンジすべきか迷った。

気持ちが揺れている中、早期退職の募集がかかり、「いいタイミングだ」と感じた。退職金があれば、失敗してもリスクを最小限に抑えられる。妻からも背中を押され、覚悟が決まった。

通信制大学で教育を学び、退職から約1年後の15年4月、同じ志を持つ仲間と、教育支援会社「キュリオスクール」を起業。海外で目の当たりにしてきた、課題を見つけて解決策を探る「デザイン思考」のプログラムを事業の柱とした。

中学、高校などに出向き、自ら講師役となった。子どもたちが主体的に解を探す力を育む取り組みは評判を呼び、授業やワークショップを通じて数千人と関わった。

だが、どこか満足できなかった。プログラムをいくら重ねても、関われたのは日本の子ども全体と比べればごくわずか。特に、経済的な理由で自由に学ぶ環境を選べない子どもたちにつながれず「何か他に手はないか」と感じた。

立ち上げた会社は規模の面でも資金面でも草の根の事業が中心だった。起業8年目。「チャレンジのやり方を変えたい」。新たなキャリアを模索するなか、頭に浮かんだのが古巣の日立だった。

「ヒト、モノ、カネがある」

大きな組織が自分の目標をかなえる場所としてふさわしいと思った。「知らない会社に行くより、組織のことが分かる」との安心感もあった。中途採用に応募し再入社した。

周囲には同じような元社員も少なくなかった。「出戻りだから」と下に見られたり、逆に特別視されたりすることもなかった。配属先がかつての部署とは異なったため、「戻る」より「飛び込む」という感覚が強かった。

2度目の入社だからこそ、気づいたことがある。数々の事業部門を持っているため、企画から社会に広く浸透させるところまで一気にやりきれた。小さな会社にはない魅力と思った。

所属や肩書が変わっても「教育の未来がよりよいものになってほしい」という思いはかつてのまま。社外で得た経験と人脈を生かし、今は児童福祉の新たなプロジェクトに携わる。

同記事からは2つのことを感じました。ひとつは、(特に大企業に当てはまることですが)ヒト、モノ、カネの経営資源を活かして大きなことができるのが企業組織の強みであると、改めて認識できるということです。

人のキャリアに正解・不正解というのはありませんし、どのような進み方が正しいというのはありません。そのうえで、同事例では、自分が目指すことで社会的な貢献、社会へより大きな影響を与えることができるのは、自分が個人で立ち上げるより大企業の環境を使うほうが方法としてよりよい、と考えたのだと想像されます。それも、勝手を知っている大企業のほうがよいということでしょう。

キャリア開発では、往々にして、1社を勤めあげるより転職するほうがチャレンジング、さらには企業への転職より自ら起業するほうがチャレンジングだとして、転職や起業が称賛されるかのような物言いを見かけることがありますが、これは必ずしも適切ではないと思います。1社を勤めあげる中でチャレンジングな環境もやり方次第でつくれますし、転職・起業のほうが合っている人はそうすればよい、1社を勤めあげるほうが向いている人はそうすればよい、ということだと思います。

仕事で何を優先させたいかも、個人によるところです。自分が独立できることを最優先にしたい人もいます。何が正解というものはありません。そのうえで、自分が何かを取り組むにあたって、社会により良い、より大きい影響をもたらすことができるための最適な環境・選択肢はどれか、という同事例のような検討要素は、キャリア開発においてもっと意識されてもいいのではないかと、個人的には感じます。

先日ある企業様でセッションを実施してきましたが、同社様の幹部は「自社の事業領域で開発~生産まで一貫して対応できる会社は他にない。この環境で物が作れるのは強みでありやりがい。上申して通れば結構な金額の投資もできる」と話していました。こうした醍醐味は、ヒト、モノ、カネがある環境ならではだと思います。

もうひとつは、会社側が本人の退職時に、出戻りという選択があることを積極的に伝えておく、あるいはアルムナイのネットワークでつながりをつくっておくことの意義です。

同記事の事例では、本人の中に古巣という選択肢が浮かび、中途採用の門をたたいたら合格したという、偶発的な再会であるような印象を受けます(もちろん、記事にそこまで紹介されていないだけで、実際は本人に対する会社側からの積極的な働きかけや、アルムナイのつながりなどがあっての事例という可能性もあります。いずれにしても、そうした取り組みをこれといってしていない会社は多いと思います)。

会社にとっても、自社の事業や風土、事情を知ったうえで、退職後の経験や新たな知見を活用したいと考えている人材は、真っ白な人材にいちからインプットを促すのと比べて効率的であるなど、メリットも多いはずです。

退職者本人が希望しない、あるいは明らかに自社で再度ご活躍いただくには合っていないといったケースはもちろん別です。しかし、そうでなければ、キャリアの次の選択肢を考えるタイミングで自社への出戻りが必然の選択肢となるよう、退職時~退職後に何らかの働きかけをしておくのは、今後ますます必要・有効になると思います。

<まとめ>
その時が来たら出戻りという選択肢が必然的に候補としてあがってくるよう、退職時~退職後に働きかける。

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