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新しい施策を自組織向けにアレンジする

1月12日の日経新聞の経済教室欄で、「その働き方、本当に新しい?」というタイトルの考察記事がありました。国外で普及しているとされる考え方・方法論を自組織で取り入れる時の留意点について書かれた内容です。
少し長文になりますが、同記事の一部を抜粋してみます。

~~「伝統的HRM施策群」とは80年代以前、米国で典型的にみられたHRM施策群で、古典的なジョブ型雇用と考えて差し支えない。仕事の幅は狭く定義され、賃金は職務給で成果とはほとんど連関せず、人事異動もないのが通例だ。そもそも職務遂行のためのスキル保有が前提であるため、正式なオンザジョブトレーニングはほとんどない。徹底した分業を根本とした仕組みなので、従業員間の情報共有は非常に低く、その意味でチームという発想もない。景気が悪くなればレイオフで人員調整することになる。

一方、「革新的HRM施策群」は、高パフォーマンス志向施策とも呼ばれ、従業員のスキルや情報共有を高めることを意図しており、自主的・問題解決型チーム(QCサークルなど)、人事異動、採用選抜強化、オンザジョブで多様な職務に対応可能な訓練などを導入・活用するとともに、成果に基づいたインセンティブ(誘因)給や雇用保障を強化することを主な内容にしている。

米国企業、特に製造業を中心に革新的HRM施策群が80~90年代に普及していく契機になったのは、自動車産業を中心とした日本の製造業の大躍進だ。ただし日本のやり方を単に模倣するのではなく、彼らなりに概念・理論化して採用していった。

革新的HRM施策群は、典型的な日本の大企業(製造業)のHRM施策に由来するものであるが、そこに日本企業にとって異質といえる施策が1つ入っている。それは成果に基づくインセンティブ給の導入である。これはなぜ、他の施策と一緒に導入される必要があったのか。

例えば、問題解決型チームは、生産工程の現場で従業員同士が自発的に取り組むことを前提としている。しかし、古典的なジョブ型の世界をかなり単純化して言えば、従業員は上司や経営陣が指令して動く「コマ」にすぎない。このため、現場に近い従業員が自発的に動くためには、意思決定権限の下部委譲(エンパワーメント)が必要となる。

一方、権限が委譲され、それなりの責任が出てくるのならば、それを受け入れる従業員に対しインセンティブを付与する必要が生じる。このため、成果に基づいたインセンティブ給という発想がでてくることになる。また、チームワークを促進するために、グループ全体の成果で評価するようなグループインセンティブ給も、広く採用されるようになった。

このようにみると、米国企業が日本から学ぶ場合、すべてそのまま受け入れるのではなく、かなり巧妙に取捨選択をしていることが分かる。日本企業の場合、チームワークを促進するためにそもそも権限の下部委譲やインセンティブ給の仕組みを導入する必要はない。なぜなら、企業のメンバーになるというメンバーシップ制自体が、綿密な情報共有とチームワーク志向を内在しているからだ。

米国企業はこうしたチームワークを導入する際に、日本のような長期雇用・後払い型賃金という特色を持つメンバーシップ型雇用を導入しようとは考えていない。随意雇用(解雇自由)の原則が厳然としてあるためだ。

ジョブ型の米国、メンバーシップ型の日本、いずれもそれぞれの環境変化の中で課題を乗り越えていくためには、意図する、せざるとにかかわらず、相手国の仕組みの良い部分を取り入れてきていることは自然であるし、その流れは今後も続くであろう。しかし、双方がある一定の仕組みに向けて収れんしていくというわけではない。

日本のHRM業界をみてみると、米国発のトレンドワードを企業に売り込もうとする傾向が強い。コーチング、ワンオンワン(部下と上司の1対1ミーティング)、心理的安全性(チーム内で気兼ねなく発言できる状態)しかりである。

しかし、これらが注目される背景には、部下への指導、情報共有、チームワークなど伝統的ジョブ型では欠けていた部分を補うという意図が当然あるわけであり、メンバーシップ型の日本企業は無意識に取り組んできたことかもしれない。はやりの米国製をありがたがるあまり、実は日本製であることに気づかない、という愚は避けたいものだ。~~

HRMとは、Human Resource Management の略で、人的資源管理=人材マネジメントのことを意味します。

前回の投稿で取り上げましたが、「ジョブ」の対となる概念を「メンバーシップ」とし、両者を対称的に捉えることが適切なのかは疑問もあります。それはさておき、上記の記事は人材マネジメントに限らず、経営や組織活動に関する課題に向き合ううえで、大変示唆的な内容です。

一言でまとめると、「新しい概念や手法は、自分たちを取り巻く状況に合うようアレンジしながら取り入れていこう」ということだと思います。

前回の投稿で、ジョブ型を取り入れる場合には、日本企業の解雇権が制限されていることが大きな検討要素の前提になるだろうと考えました。上記も参考にすると、米国企業で(もちろん各社ごとにマネジメントは異なるが、そのうえで)典型的には、解雇権を前提としながら次のようにアレンジし、日本発の革新的HRMを取り入れていった経緯があると言うこともできそうです。

・職務範囲を狭く明確に定義し、賃金はそれへの対価の職務給として支払っている。成果を出せない場合や組織業績が悪くなれば解雇となる。この概念は現在まで続いている。よって、長期雇用・後払い型賃金という考え方もない。

・オンザジョブ訓練の重視や、従業員のスキルを高めることにコミットするなどの人材育成施策は、「雇用保障につながる最大の取り組みは、組織に役立つ人材に成長する機会を与えること、それに乗っかることを推奨する(だからといって雇用は保障しないが)」という文脈があると考えられる。

・個人の成果・組織の成果を高めようと、現場に近い従業員が自発的に動きチームワークを発揮することを促すために、成果に基づいたインセンティブ給やチーム単位の成果に対するグループインセンティブ給を採用するようになった。

・コーチング、ワンオンワン、心理的安全性づくりを意図したアクションなどを強調してきたのは、そうした文化やそれに紐づく行動がなかったために、仕組み化で補填する必要があった背景がある。

上記を手がかりにすると例えば、米国で伝統的・日本で非伝統的と言われがちな「成果給」についても、米国で伝統的ではなかったことに気が付きます。

私が普段いろいろな企業を見聞きする中で、時々次のような事象があります。

・最近社内でやたら「心理的安全性を高めよ」と強調されるようになった。何をすればいいのか今ひとつわからない。心理的安全性の説明を読んだが、うちの会社はもともとそれなりにできてきたのではないかというのが多くの社員の反応。

・会社の指示でワンオンワンのミーティングを週1回スケジュールにねじ込んで実施しているが、マニュアルに沿ってやろうとして不自然な時間になっている。改めてそういうのをしなくても、私は普段から部下と適宜コミュニケーションの時間をとりながら自然と情報共有できている。部下も同じ認識。

・インセンティブ制度が導入されたが、かえってチームワークもチームの成果も下がった。

一つひとつは意味もあり有意義な施策であっても、それらがそのまま自組織に合うのかどうか、合うとしてもどういうアレンジをしたほうがよいかは、組織の置かれた状況によって変わるべきものです。

ウィズコロナに向けた新たなマネジメントや働き方が模索されていますが、輸入されてきた概念ややり方を自己流に取り入れる視点が大切だと思います。このことについて、米国企業のうまさをモデルにしたいものだと思います。そして、もともとこうした適応力は、日本人や日本社会が得意としてきたはずのものだとも思います。

<まとめ>
新しい概念や手法は、自分たちを取り巻く状況に合うようアレンジしながら取り入れる。


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