労働分配率の比較(2)

前回の投稿では、労働分配率について考えました。業種やビジネスモデルの違いによって、平均的な労働分配率も異なる点を取り上げました。今日もその続きです。
https://note.com/fujimotomasao/n/ne29b71d4950a

労働分配率について考える際の2つめの視点は、自社が全企業活動で必要とする経費・生み出す利益とのバランスで捉えるべきだということです。

例えば、社員の給与が高いキーエンスで考えてみます。
有価証券報告書によると、同社に関する情報として以下が記載されています。

売上高 419,291,000,000円
売上総利益 331,482,000,000円
販売費及び一般管理費 77,274,000,000円
(うち、給料手当及び賞与+賞与引当金繰入額36,014,000,000円)
営業利益 254,207,000,000円
平均年間給与 17,517,949円
平均年齢 35.8歳

同社はしばしば、社員一人あたりの平均年収が全企業の中でもトップ水準として、新聞等でも取り上げられます。社員の平均年齢35.8歳で、平均年収1751万円は、一般的な相場からすると桁外れに高いと言えます。一方で、売上高営業利益率も60%となっていて、これまた桁外れの高い利益率です。

上記「給料手当及び賞与+賞与引当金繰入額」が人件費に相当する金額のすべてなのかはわかりませんが、おそらく人件費総額に近い値ではあるでしょう。この値と、売上総利益を付加価値と見立てて労働分配率を計算してみると、36,014/331,482=10.86%となります。

前回取り上げた、全産業あるいは業種ごとの何十%といった労働分配率を大きく下回ります。それでいて、既に従業員には十分以上の水準で賃金が還元されています。ここから、労働分配率を上げることを意図して、今の賃金を2倍や3倍にする必要はないでしょう。低労働分配率=低待遇企業とは、単純にはならないということです。

前回参照した7月13日の日経新聞記事では、「米国ITサービスは19年時点で約33%と全産業平均より約21ポイント低い。」とありました。しかし、それら企業でもし上記キーエンスと同じような事象が起こっているとすれば、(前回見た業種ごとの違いに加えて、利益体質の違いからも)33%という数値が低いとは一概に言えないでしょう。

また、企業の取り組むべき大切なことの中には、設備投資や研究開発投資といった未来投資があります。未来投資がどれだけできているかによって、中長期的に市場で存続できる可能性が変わってくるだけでなく、社会貢献できる可能性の大きさも変わってきます。コロナ禍以降のワクチン需要を思い返すと、それまでの投資の結果、ワクチン開発ができる基礎インフラを持てていることがいかに重要かを認識できます。

社員に対する報酬の支給も、ヒト資源への投資という未来投資の一部と言うことができます。ヒト資源へ投資すべき規模の割合が、全経費に占めるモノ投資よりも比重が高ければ、労働分配率が上がりやすいということもできるでしょう。この観点からは、未来投資の要素に何があるかによって、適正な人件費割合も変わりうるということです。

また同記事では、「グーグルの親会社のアルファベット、アップル、フェイスブック、アマゾンの米IT4社の税負担率は18~20年の3年平均で15.4%。世界平均より9.7ポイント低い。」とありました。しかし、脱税でもしていない限り、税負担率が低いということは最終利益がそれほど残っていないということです。

最終利益が残らないのは、生み出した利益が何かの経費に使われているからです(租税回避地の活用などの影響もあるのかもしれませんが、ここでは省略)。つまりは、人件費以外の未来投資その他に資金が使われているということが想定できます。未来投資をすることで、より長期的に社会に付加価値を提供でき、人材も長期的に雇用できる組織をつくれているとしたら、それも重要な社会貢献となります。よって、税負担率が低い=社会貢献していない、と単純には言えないでしょう。

適切な労働分配率が何%かという問いに、決まった正解はありません。自社の理念やビジョン、戦略、ビジネスモデル、業界他社を含めた外部環境を踏まえた上で、自社が答えを決めて設定することになります。

<まとめ>
労働分配率を何%にすべきかの基準は、自社なりの視点で設定する。


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