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作業時間を最大90%短縮。放送用映像データの2次利用を超効率化する「DACX」が生まれるまで

2024年9月、フジテレビとFCXが共同で開発したシステム「DACX」が、日本民間放送連盟賞の技術部門で優秀賞を受賞しました。「DACX」は、放送用の映像データからインターネット配信用のデータへの変換などにかかる作業時間を従来比で最大90%も短縮する画期的なシステムです。この「DACX」が生まれたことで何がどう変わるのか。開発に携わった平洋太氏、米岡充裕氏、栃木由和の3名に話を聞きました。


米岡充裕氏
株式会社フジテレビジョン 技術局 デジタルメディア技術部 チーフエンジニア
兼 ビジネス推進局コンテンツビジネスセンタープラットフォーム事業部
2002年に株式会社フジテレビジョン入社。技術局の映像部に配属され、VE(ビデオエンジニア)としてシステムの構築やスポーツ中継などを担当。その後、放送部での勤務を経て2021年から現在のデジタルメディア技術部で配信関連の業務に携わる。

平洋太氏
株式会社フジテレビジョン 技術局 放送部 チーフエンジニア
兼 技術戦略部
2004年、株式会社フジテレビジョン入社。10年間FIFAワールドカップ南アフリカ大会やロンドンオリンピックなどスポーツ中継を担当したのち放送部へ異動。2020年頃からクラウドなどアーカイブも含めた設備の構築など、おもにコンテンツ管理を担当している。

栃木由和
株式会社Fuji Culture X 開発事業部
SE(システムエンジニア)として地図メーカーなどでの勤務を経て、2022年、FCXに入社。配信サービス『FOD』のバックエンドのシステム移行など、大規模プロジェクトをメインに担当している。


「DACX」とは
クラウドをフル活用した、コンテンツ2次利用超効率化システムのこと。放送用コンテンツから配信用コンテンツへのトランスコードやそれに伴うプレビュー作業、字幕の編集・付与、配信事業者への納品に至るまで、従来は手動で行われてきた作業を一元管理し、自動化することで効率化を促し、作業負担の軽減や人手不足の解消、大幅なコストダウンを実現する。



マンパワーの限界を「DACX」がカバー

――今回はみなさんが開発に携わった「DACX」がテーマなのですが、いったいどんなものなのか教えていただけますか?

  「DACX」は、クラウドをフル活用した「コンテンツ2次利用”超”効率化システム」です。ある放送データをアーカイブしたり、他の媒体で配信したりするとき、実はそのまま流用できるわけではなく、「Adobe Premiere Pro」などを使ってトランスコード(変換)しなければいけません。FOD、TVer、NETFLIXなど、配信先が変われば求められるデータの形式も異なるので、それぞれの専用データを手配しなければいけないんです。またそのほか、不要な部分をカットしたり、字幕を編集・付与したり、納品に至るまでこれまでは手動で作業をしていました。それらをすべてクラウド上で自動化しましょうというものです。

コンテンツの2次利用の多くは手作業で行われていたが、「DACX」のおかげで大幅な効率化が実現した

米岡氏 あくまで数字上ですが、作業時間は最大で90%削減できます。コストもだいぶ抑えられるので、「DACX」が果たす役割はかなり大きいと思います。


作業にあたる人数を増やさずに、負担を軽減。コスト面でも大きなメリットがある

――革新的なサービスであることはわかりましたが、何か「DACX」の開発に至ったきっかけがあるのでしょうか?

平 氏 2020年の春、FODのアーカイブにおいて課題が出てきました。ハードディスクが山積みになっていて、引き出しの中にあったり、倉庫にあったり、管理がうまくできていなかったんです。

米岡氏 またさっきも言ったように、すべて手動で作業していました。配信サービスの初期は作品数も少なく、十分対処できていたのですが、サービスがこの数年で爆発的に成長する中で様々な問題が出てきました。人海戦術的にやっていたので、配信したいコンテンツはどんどん増えているのに、人が足りないという状況が慢性化していたんです。特に夜間や休日の対応に苦慮していましたが、「DACX」によって運用フローが効率化されればシフトも柔軟に組めて、今まで手を付けられなかったものも対応できるようになると。発端は、何年か前の日本シリーズだったと思います。22時から23時頃に試合が終わって、すぐにダイジェスト版を出したいけど、誰も受け付けられないということがありました。スタッフを拡充したくてもできず、かといって今いるスタッフたちもいっぱいいっぱい。制作側から依頼がきても、お断りせざるを得ないこともありました。

――米岡さんと平さんがフジテレビ、栃木さんがFCX。なぜ2社で共同開発することになったのでしょうか?
平 氏 FODの進化スピードが早いので、そのスピードに付いていけるところを探していました。別の会社にも相談はしていたのですが、最終的にはよりスピーディーに開発していただけるFCXさんにお願いすることになりました。「アーカイブをなんとかしたいんですけど、ちょっとお話できませんか?」という感じでスタートしたような気がします。

当時の大変さを思い出しながら「DACX」開発を振り返る栃木

栃木 とはいえ、実は放送の分野は私の専門外でして……。最初に「エンコードとか言われてもわかりません」と正直にお伝えしました。でも米岡さんがプロトタイプ的なものを先に作って、それを改良する形で進めるとのことでしたので、社内で検討して「それならできるかも」と。まぁでも、いざ始まってみたら想定していなかった開発が多くて。簡単に言うと騙された感じですね(笑)。

米岡氏 騙したつもりはなかったんですけどね(笑)。でも私が作ったプロトタイプは、結局プロトタイプでしかなくて。現場できちんと動くものを作るとなると、話は違うんです。

  よくケンカしていました(笑)。

米岡氏 いいケンカです(笑)。

栃木 お互い信念をぶつけ合うというか。だいぶやりがいのある仕事でした。


意見の食い違うこともあったが、「栃木さんとの会話は勉強になった」と話す米岡氏

日々変化するニーズにはアジャイル開発で対応

――開発についてのお話をもう少し詳しく聞きたいです。今回はウォーターフォール開発ではなく、アジャイル開発の手法を取ったと伺っています。

栃木 契約の段階で「アジャイルで進めたい」と聞いていましたが、フジテレビと共同での開発という意味では手探りの部分もありました。「DACX」の実装していくべき機能などの全体像をとらえた上でどの順番で開発していくかを決めて、1カ月を目途に実装。運用する方々にも触ってもらい、フィードバックをもらって、改善していく。この繰り返しです。実際に運用していく中であらたな機能が必要になったり、より効率的に作業できるよう仕様を変えたりといったことが多々あり、先に要件を確定して進めるウォーターフォール開発よりも小さなゴールをちょっとずつ積み重ねていくアジャイル開発が適していたと思います。

――先ほど「騙された」という言葉も出ましたが、大変だったことがあれば教えてください。

米岡氏 発注する側としては苦労した部分はあまりないのですが、強いて言えば最初の段階ですね。映像分野の開発は経験がないとおっしゃっていたので、こういうものを使ってこういうことをやりたいと伝え、理解してもらうまでの苦労はありました。結果的には、1〜2カ月で仕様を理解して、実装までこぎつけていただいたので、非常に感謝しています。

  50年くらいのテレビの歴史のなかで、よくも悪くも引き継がれてきた規格があるんです。たとえばテレビは1秒間に30枚のフレームを流しているのですが、実はぴったり30枚ではなくて29.97枚なんですね。うまく処理できないとノイズになってしまったり、ちゃんと映らなかったり。そこをきちんと理解した上でプログラムを作るというのは大変だったと思います。

平氏いわく、「テレビの規格は複雑で独特」だという

栃木 特別システムが複雑だったわけではありませんが、我々からすると経験のない領域のものを作らなければいけないし、期待されているスピード感で作業する、というのも大変でした。開発を始める前に、映像ファイルの構造や放送データの仕組みについて理解を深めるための勉強会も開いていただきました。これまで全然触れてこなかった分野の話なので、難しさの中にも新しいことを学ぶワクワク感がありましたし、実際の作業においても大いに役立ちました。

――いろんなご苦労が積み重なった上で出来上がった「DACX」ですが、その苦労が「報われたな」と感じた瞬間などはありますか?

栃木 米岡さんと「こういうシステムにしたいよね」と熱い話をして一生懸命作っても、最初のうちは運用側にはあまり響かないみたいなことがありました。それが途中から空気が変わってきた気がします。実際に運用するところを見学させてもらう機会があったのですが、みなさんの目がキラキラしていて。「今度はどんなことができるようになるの!?」と期待してくれて、デモンストレーションをお見せすると「おぉ!」と歓声があがるんです。感動してもらえるという実感が湧きましたし、開発チームのメンバー全員にその光景を見てほしかったなと思うくらいうれしかったです。

――日本民間放送連盟賞の受賞も、みなさんにとって大きな出来事だったと思います。

  「DACX」がほぼ完成したタイミングで、上司から「せっかく形になったのだから、コンテストに応募してみたら」と言われまして。そういうことに詳しい部署に相談したところ、ギリギリでしたが日本民間放送連盟賞への応募が可能だと知りました。この賞は、“テレビ業界のアカデミー賞”的なもので、3部門あるうちの技術部門に応募し優秀賞をいただけました。


日本民間放送連盟賞の盾。取材時は、まだ届いたばかりだった

――受賞により外からの評価はある程度実感できたと思いますが、実際に使う人たちからの反応はどうでした? 具体的に、業務がどのように変わったのでしょうか?

米岡氏 おそらく半分くらいの業務量、半分くらいの負荷になったのではないかと思います。ドラマ1話分でも6回、7回とエンコードしないといけなかったのがすべて自動化されたので、「DACX」を使うことによって空き時間が増えました。ゆとりをもって仕事ができるし、その時間をほかの業務に充てられるので結果的にクオリティもどんどん上がっています。

  手動で運用していた頃は、ミスがあるとギスギス感が目に見えてあったんですよ。ヒューマンエラーを完全に防ぐのは難しいことなのに、気持ちに余裕がないからか「お前何やってんだよ」みたいな。でも一気貫通で自動化されたことによってミスが減り、以前よりも仲良くなった気がします。職場環境が前よりも良くなりましたね。

「DACX」はまだ未完成。今後もさらなる成長を

――現場の反応も上々で、日本民間放送連盟賞も受賞して、一段落着いたところだと思います。これから「DACX」をどうしていきたいか、今後の展望のようなものはあるのでしょうか?


「DACX」はまだ成長の途中。今後の展望を語る3人

米岡氏 配信事業はまだビジネスの途上にあると考えています。「若者のテレビ離れ」とよく言われますが、配信はよく見てくれている。「DACX」は、今は番組の変換などの基礎的なところしかできていませんが、次のビジネス、新しい取り組みにも役立つようなものになれば。視聴形態もどんどん変わっていくので、一歩先を見据えてシステムを作り、よりよい視聴体験を提供しながら売り上げも付いてくるようなビジネスモデルになることをめざしています。

  ハードディスクが引き出しの中に山のようにあるとか、ちょっとした編集をして納品したいとか、いろんな部署から同じような相談を受けています。「DACX」をハブにして、社内や系列会社も含めてみんなが簡単にアクセスできて、この機能を引っ張り出して使えるようにしたいです。今は配信に特化していますが、アニメだったり、映画事業だったり、Blu-rayやDVDのビデオパッケージだったりもっと多くのことを補えるような便利なサービスになるといいなと。社外での利用に関しては、戦略的にやらないとうまくいかないと思っていますので、そこは意識してやっていきたいです。

栃木 作る側としては、「こっちでも使いたい」「あっちでも使いたい」となったときに、スムーズに対応できるような形でシステムを構築していきたいなと思っています。これで完成ではなく、必要な機能があれば追加していって、もっと成長させられたら。もう一点は、FCXとして一つの実績が出来上がったと思っているので、またフジテレビさんとご一緒できるように、映像系のシステム開発にも力を入れていきたいです。


ここまでお読みいただきありがとうございました。
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