自分の選択を正解に持っていく力
「何を選んでもいい」と言われたら、うれしいですか?それとも不安になりますか?
以前の私は、不安になりました。「正解を教えてほしい、自分では選べない」という感じ。
不安で不安で、どうしたら自分の中に「軸」や「芯」ができるのかわかりませんでした。
痩せ我慢で、軸をつくった気になっても、すぐ不安が襲ってきて・・・居てもたってもいられないような状況でした。
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何を選んでも、正解にするのは自分です。でも、正解にするには、覚悟がいります。
たとえ、失敗しても、私はこれを選びたいから選ぶ。まわりなんて関係ない、結果も関係ない。自分でやりたいことを選ぶ覚悟。
そういう覚悟が、逆説的ですが、マイナスもプラスに変えて、正解にしていきます。
「たとえ、失敗しても、私はこれを選ぶ」という覚悟は、どこから出てくるかというと、「自分のため」です。
私がやりたいから。「これをやりたい」と思っている私のために、選んであげよう、という気持ちが、覚悟になります。
そこで決めるのは、自分のために生きるのかどうか?です。言葉を変えれば、「自分を愛するのかどうか」です。
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私は、自分の「軸」や「芯」をつくりたくて、たくさんの本を読みました。○○したら、自信がつくという方法を試したり、ひたすら頭に浮かぶことをノートに書き出したり。色々なことをしました。
でも、大事なのは、丸ごとの自分を愛すると決めるです。
そこには、何のハウツーもありません。自分を愛すると決めて、自分を愛してるんだったらどうするのかな?と考えて、とことん付き合うことだけ。どんな時も、自分を愛すると決めたことを思い出して、向き合うだけ。
自分を愛しているなら、泣き言を聞いてあげる?それとも、泣き言を言わずに頑張ろうっていう?
自分を愛しているなら、やりたいことを諦める?それとも、5cmでもいいから、前に進んでみよう、やってみよう、って言ってみる?
自分を愛しているなら、体を酷使する?それとも、休暇をとる?
これは自分を愛しているのか、いないのか。いやいや、どうかな?ああしてみる?こうしてみる?と、とことん考えてみる。試してみる、失敗してみる。
泣き言を聞いてあげるのがいいときもあれば、泣き言を言わずに頑張りたい時もあります。それもどっちでもいい。ただ、自分が今はどうしたいのかを聞いてあげる。寄り添ってあげる。そして、絶対に見下げない。自分で自分を見下げない。責めない、批判しない。そこだけ守って、とことん寄り添ってみる。
そうやって一生懸命にやったことが伝わります。
一度しかない人生、何が正解だったのかは死ぬ時くらいしかわからないかもしれません。でも、無駄になるかもしれないけど、自分のために一生懸命試行錯誤したことは、愛として伝わっていきます。
その伝わった愛が蓄積していくと、元気が出てくる。エネルギーが出てきて、他人の声が小さくなって、自分のために選択することができます。
本当は、「元気」な状態で生きているのが人間の自然なのだと思います。自然に生きている人には、覚悟なんて大袈裟に聞こえるかもしれません。それくらい息を吸って吐くくらい自然に自分のために選択していくことができるようになります。
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