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日本文学よみとき

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「純白の夜」あらすじ解説【三島由紀夫】

「婦人公論」連載です。ご婦人向けに不倫恋愛仕立てですが、裏に政治経済潜ませています。頑張りました。 あらすじ松村(旧姓岸田)郁子は、松村恒彦の若奥様。恒彦の友人の楠に惚れられて、ちょっかいかけられます。だんだんなびいてしまう郁子、しかし最後の一線は超えません。自制心があります。しかし自制しすぎて欲求不満が溜まって、松村邸に居候している沢田という人物と一夜だけのあやまちをしてしまいます。 その件を沢田から聞いた楠、怒って郁子に報復をします。鎌倉扇ガ谷の旅館に郁子を呼び出し、

「仮面の告白」詳細解説【三島由紀夫】

前回はこちら 鏡像構造全体は前後対称の鏡像構造になっています。 近江物語と園子物語に挟まれた折り返し部分、かなり凝ってきれいな対称つくっています。 またいとこの澄子は隣に座っていたら眠くなったようで、顔を手で覆って主人公の膝に頭を乗せます。薄い暗示ですがこれは、ここで一旦「私」の中の女性性が死ぬことを意味します。神性が死ぬと言ってもよいです。三島のこういう書き方は、やや繊細すぎて迫力に欠けます。 それとセットになる、バスで見かけた貧血の令嬢は、貧血は主人公の属性ですから

「仮面の告白」あらすじ解説【三島由紀夫】

太宰治「人間失格」の2年後の作品です。批判的に継承しています。いわく、「天皇は薄志弱行のダメ男ではない、水生のおとこおんなである」 あらすじVer.1主人公は誕生時の記憶があります。タライの水にゆらめく光を記憶しています。その主人公が成長して色々体験して、最終的にテーブルにこぼれた水のギラギラとした反射をふたたび見ます。(あらすじVer.1終) 実は誕生の時刻は夜の9時でした。だから光の記憶があるのはおかしい、勘違いだと周りの人からは言われます。しかしここが本作最大の工夫

「三四郎」の広田先生について

周の萇弘三四郎の 広田先生のフルネームは、広田萇(ちょう)です。へんな漢字です。弟子の与次郎も「草冠がよけいだ」とか言っています。解析当時はなんでこんな変な漢字を使うのか見当がつきませんでした。 ところが前回の九去堂さんのサイト うろうろしていると、「萇弘(ちょうこう)」という人物を発見しました。 それで検索サイトで調べて見ると(今では中国古典も全てキーワード検索出来るようになっています) 春秋左氏伝にも幾度か登場しますが、「孔子の先生」という意味では、「礼記(らい

「豊饒の海」と夏目漱石作品

三島由紀夫「豊饒の海」4部作の 「春の雪」の下敷きは「こころ」 「奔馬」の下敷きは「草枕」 「暁の寺」の下敷きは「三四郎」 「天人五衰」の下敷きは「明暗」 である。 「こころ」のKは私見では西郷である。三島も松枝清顕は薩摩系に設定している。「こころ」では西郷の恋はかなわない。「春の雪」では、瞬間的にかなう。しかし、最終的にはKと同じく若くして死ぬ。 「こころ」では先生は娘さんをKに取られそうになって焦って結婚を申し込む。「春の雪」では松枝は聡子を皇族に取られて俄然燃え上がり

「英霊の聲」あらすじ解説【三島由紀夫】

キリスト教化してしまった近代日本の天皇制の制度的矛盾を告発しています。つまり昭和天皇は加害者ではなく、被害者です。ニ・ニ六の青年将校も被害者です。特攻隊兵士も被害者です。加害者はキリスト教です。 あらすじある日の降霊会にて、ニ・ニ六の将校が降りてくる。彼らは天皇に裏切られたと主張する。天皇をこれほど崇拝していたのに、結果的に逆賊にされたことを恨んでいる。 やがてそれらの霊が帰っていったと思うと、また次の霊が降ってくる。特攻隊の兵士である。彼らは「天皇の人間宣言」に憤る。神風

「Xへの手紙」解説【小林秀雄】

段落わけ小難しい文章です。何書いてあるかさっぱりわかりません。章立て表で攻略するしかありません。段落ごとにメモ作って、一覧表にしてみました。 一見全体が3パートに別れているかのように見えます。 しかし第三部が大きすぎる。第三部を話題で分割すると3つになります。全体では五部構成なのです。 奇数章が実際の人間とのやりとりの話、 偶数章がやや抽象的な話です。 ですから全体としては鏡像構造とも言えますし、 ロンド的とも言えます。 2章は内面の話です。 「自分の中の鏡」「頭の中

漱石徒然草・8

前回はこちら。 とにかく「明暗」が終わった。1年間の活動(その大半はキーボードによる章立て表打ち込み作業時間だが)の結果得た知見をまとめる。 1、漱石は研究されている。悪く書いたが石原千秋は「彼岸過迄」を軍需産業がらみとは読めている。蓮実重彦は「三四郎」「道草」を経済小説と読めている。柄谷行人も「こころ」を西南戦争がらみと感じている。小森陽一も精度高く読めるし、千種キムラスティーブンの「三四郎」の読解精度は素晴らしかった。秋山公男は私が購入した唯一の研究書の著者で、批判も

「明暗」あらすじ解説【夏目漱石】

最後の作品です。未完です。つまり構成が明確ではありません。そして悪いことに、私は構成読み解き家なのです。 あらすじ 上流階級の津田良雄はお延と結婚していますが、別れた昔の女、清子が忘れられません。清子は突然津田の元を離れて関と結婚しました。そのせいか妻のお延との仲もしっくりきません。お延も自分勝手に贅沢ばかりしています。 たまたま痔の手術で入院している時、清子を知る女性、吉川夫人から温泉行をすすめられます。その温泉には今たまたま清子が一人で居る。彼女と話してきっちりけりをつ

「道草」あらすじ解説【夏目漱石】

夏目漱石最後の完成した長編小説です。自伝的です。主題は「情報と生命」です。 あらすじ 健三は一時期養子に出ていました。その後実父の元に返されました。 成人した健三が歩いていると、縁が切れたはずの養父に出会います。悪い予感です。悪い予感ほど的中します。リッチになった健三に養父がお金をたかりに来るのです。 仕方がないから少しづつお金を出します。養父のことは嫌いでした。でも養母よりはマシでした。ところが養母もやってきます。仕方がないからこちらにも少しお金を出します。 出費がかさ

漱石徒然草・6

前回はこちら。 「彼岸過迄」「行人」は問答無用に失敗作、「虞美人草」もまあ失敗作、「草枕」は名作とされているが、私は失敗作だと思う。 もっとも有名なだけあってよいところも多々ある。天狗岩の回帰は「三四郎」の回帰と並んで漱石の中でも出色である。大河小説でしか実現できない万感こもるシーンをを、数日間の中編小説で描くことに成功している。それでもなお、「草枕」は失敗作だと思う。なによりもまず、文章が難しすぎる。最難関第六章より抜粋する。一度で理解できたら天才、三度なら文豪、五度な

漱石徒然草・5

前回はこちら。 研究者たちはポイントとなる言葉の多義性につまずいて、全体の意味を見失うのがだいたいの失敗パターンである、というところまで説明した。 そうは言っても「彼岸過迄」は歴然たる失敗作であり、読めてないからダメという気はさすがにない。読もうとしただけでも超勤勉である。私は一度しか読まずにすぐ表をタイプしていった。この作品の場合、多分2回読むより表を1回打ち込むほうが楽である。打ち込みもしないで読解してゆく人をひそかに尊敬している。結果は悪いが、能力は凄い。 「それ

漱石徒然草・4

前回はこちら。 今までの論述でお気づきになられた方もいらっしゃると思うが、研究者は「野分」「門」「彼岸過迄」全て同じパターンで読解を間違えている。 単体ではポジティブにもネガティブにもとれる文章があるとする。文学なのであって当然である。どちらに読むかの結論は全体の構成から導き出される。ところが研究者はまずもって文章を全て逆に読み、その解釈をフィックスして全体の構成を考える。よって全体が見えなくなる。ワンパターンな間違いなのである。 研究者は「野分」はラストの白井の借金問

漱石徒然草・2

前回はこちら。 今回の「門」(1910作)は時間物語である。 冒頭で「近来」「今」を見失った主人公は、結末で「また冬が来る」といきなりスケールアップしている。スケールアップの契機は参禅なのだが、禅寺で主人公に出された公案は「父母未生以前本来の面目」である。 時間に始まり時間に終わり途中の公案は時間問題、これで時間物語と理解しないのは、よく考えると逆に難易度が高い。間違えるほうが難しいのである。しかし でも実にやすやすと間違えている。流石は研究者、能力値が粒ぞろいだと喜ん