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焚き火のキャンドルと人魚姫【短編小説】

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木の芯から始まる不思議な話―2

ここにいさせてという声が頭の中をループする。

「私は人魚」
情報はそれだけだ。

あぁ、また何か変な事が起こりそうだ。
こわい、怖い。便利屋もいない…

そうだ、さけるはどこに行った?
どうしてこんな時に限って誰もいてくれないの。
いつもいつも、どうして一人なの。



気が付くと、僕の呼吸は早くなって
うずくまって必死で息をしていた。
耳に入るのは、自分のかすれた呼吸の音。


 息ができない

これは、人間界にいた時にもなったことがあるかも。
僕は真っ暗になりつつある視界の中から手探りでビニール袋を探し出す。

「かこきゅうかこきゅう」

さけるの声が聞こえて、痺れてうまく動かない手からガサガサと袋がすり抜けて口元に運ばれた。


 あぁ、さけるがいた


さけるはいつもの顔で僕を見て、口元に持って行ったビニール袋で遊びだす。僕はそれを見て、なぜか笑顔になった。
もう大丈夫。
苦しいけれど、そんな気がして。
そう思ったとたん、僕の意識はスッと遠のく。

あの時と同じ、強制終了だ。


別の日。

「もう少し、ここにいさせて…」

それはまだ僕の頭の中にいるようだ。
ドワーフがあの木を燃やした時から、僕の頭の中で何かが語り掛けてくる。

寝ても寝ても眠いし、ろうそくを作る気にもならない。
だけど人間界からの注文とか、イベントで売るろうそくを作るために
無理やりスイッチを入れて作った日もある。


便利屋はそんな僕の様子を見て、何かがおかしいとわかってはいるようだけど、性格が悪いから助けてくれない。
魔法使いのくせに。


そうしているうちに、年末になった。
こちらの世界では、人間界とは時間の流れが違うみたいなんだけど
今回は人間界の年末と、こちらの世界の年末の時期がぴったり合う年みたいで。

人間界の方が時の流れが速くて、浦島太郎状態だよと便利屋は言うけど
父親がこの国の王様だから、時間の流れをいつも修正してくれているらしく人間界のイベントとか、ろうそくの注文とかも問題なくできるって仕組みらしい。


僕は記憶があやふやな所があって、人間界とはもう関わらなくてもいいかなと思ってるんだけど、そうもいかない世の中みたいで。


『ここにいさせて…』

少し気を抜くと、また始まる。
今日から宴が始まるのに一体何なんだよ、人魚。
何か言いたいならもっとほかの事も話してよ。

そう強く出ると、ジジジジというような音
パチパチと燃えるような音
ブクブクと泡が上がる音。
とにかく変な音が混ざって聞こえて、僕の意識も遠のいてしまう。


「どうした、ろうそく屋。また眠れなかったのかの」

問題を持ち込んだドワーフが、一足早く到着してもうお酒の瓶を開けていた。

「思ってることが分かるんだったら、全部説明してよ」

僕はしびれを切らして、横でテーブルの準備している便利屋についに助けを求めてしまった。

「あの木の芯のろうそくをつけてから、おかしなことが続いてるみたいで」

と、便利屋が言う。

ドワーフはというと「ほほう!」と言ってまた茶色いビンに口を付けた。

「北の魔女がもうすぐ来るから、相談してみるといいよ」

代わりに便利屋がそう言った。
どうやらドワーフでもよくわからないことがあるみたいで。
北の魔女が来ると言われて僕は少し、憂鬱な気分になった。

彼女は、ばあちゃんの知り合いみたいだけど
なんかすべてを見透かされているような
ちょっと怖いような、恥ずかしいような、変な感じがする。

そう思っていると、キー…とドアの開く音がした。

『待っていたわ』

「ここにいさせて」以外の言葉が、僕の頭の中で響き
僕はまた、目の前がブラックアウトした。

こんな時に強制終了か。

ドサリと倒れたろうそく屋の店主を、慌てて便利屋が抱き起していた。



ドサッ

北の魔女が「お邪魔するわ」と言いかけた時、そんな音が聞こえた。

部屋の中には茶色いビンを持ったドワーフのレリオンとろうそくの妖精が数匹。
慌ててろうそく屋の店主に駆け寄って倒れた彼を抱き起す便利屋は
いつもにも増して気が張り詰めているようだ。

それ以外に、もう一人この部屋には先客がいた。
北の魔女マリアは、部屋の上空に浮く、ケガをした人魚と目が合っていた。

「あら、懐かしいわ。ねぇリリー、あなたにも見えるかしら?」

驚いた顔をしたリリーが何かを言いかけたが、その言葉は便利屋の声でかき消された。

「あっ、マリア様。これは一体何なんです?ここ数日店主はよく眠れもせず、僕の力でもこの部屋にいるモノの正体が分からない」

ぐったりとした店主を抱えてソファーに寝かせると、便利屋はくるりとこちらに向きなおり、リリーの前に歩み寄った。

「初めまして。便利屋のサトウです。その顔は何か知っているようですね。さぁ、早く教えてください。ちょうど、支度もできたところですから」

いつもにも増して作り笑いに磨きのかかった便利屋の目は少しも笑っておらず、「どうぞ」とテーブルに手をかざすと、それまで何も乗っていなかったテーブルの上には出来立てのごちそうが並んでいた。
その禍々しい圧力にリリーは息をのむ。
「大丈夫。悪い奴じゃない」
隣にいたマリアがそう言った。


その人魚に名前はなかった。

リリーは昔から、たくさんの水辺の仲間と暮らしてきて
迎え入れることも、送ることも慣れていたはずなのに
その時ばかりは心に傷を負った。

人間とはひどい生き物だ。
この世界は、すべてが神様の「ただの趣味」だというのに
それに気付かずに自分だけ生き永らえようと、どこからか耳に入れた噂話を真に受けて人魚を乱獲した。

逃げてきた彼女は
「ここにいさせて」そうつぶやいて目を閉じる。

途端に、ふわりといい香りがして彼女の体から1つ、また1つとシャボン玉のような美しい泡が出て辺りを漂った。
その泡が多くなるにつれて、彼女の体はだんだんと薄くなっていく。

リリーの知る「人魚の死」の中で、格別に美しく神秘的な最後だった。


end

「なるほどな、その泡を、多く吸ったのがあの御神木というわけか」

ドワーフのカサカサした声で、僕は目を覚ました。

強制終了した僕はしばらく、恐ろしい夢を見ていて
自分の体が引き裂かれていないか服をめくって確認する。
どこからも血は出ていないようだけど、ひどい吐き気がした。

気を失っている間に何が起きたのかわからないけれど、
北の魔女の隣にいる綺麗な女の人が泣いていた。

「じゃぁ、人魚の念がその御神木に入っちゃってたって事で。
同じ人間嫌いの店主が気に入られちゃったってわけですね」

「もうサラの所へ帰ったわ。だからもう大丈夫。そのろうそくを燃やしても彼女はもう出てこない」

どうやら終わったみたいで、僕はほっとした。

宴は、まだ始まったばかり。
北の魔女が言った「サラの所」という場所はどこか上手く聞けるかなと思っていると
「マリア様も、話したがってるから早く聞いてみなよ」
と便利屋が小さな声で囁いた。







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