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事例研究 適正な不動産取引に向けて④

このnoteでは、『月刊不動産流通』の過去の記事を紹介しています。

今回は、「事例研究 適正な不動産取引に向けて」
(一財)不動産適正取引推進機構が、実際にあった不動産トラブル事例を紹介しながら、実務上の注意点を解説する人気コーナー。今回は『月刊不動産流通2019年4月号』より、「共同住宅の一室での自殺事故と同物件の売却価格の減価には、因果関係は認められないとされた事例」を掲載します。

★共同住宅の一室での自殺事故と同物件の売却価格の減価には、因果関係は認められないとされた事例

  共同住宅の一室で賃借人が自殺をした3ヵ月後、当該建物とその敷地を、心理的瑕疵が生じたために通常の価格から約5割減額して第三者に売却したとして、賃貸人と敷地の共有者が賃借人の保証人と相続人に対し、当該減額相当額の損害賠償と原状回復費用、賃料の逸失利益を請求した事案において、当該減額相当額の損害賠償請求は排斥し、逸失利益の一部と原状回復費用は認容された事例(京都地裁平成29年12月13日判決一部認容控訴)。

1、事案の概要

 賃貸人X1は、妹のX2と共有する土地に、全5室の共同住宅を建築して保有していた。 
  X1は、平成22ね10月に貸室の一室を賃借人A(Y1、Y2の子)に、Y1を連帯保証人とする賃貸借契約を締結して引渡した。
 平成27年9月某日、勤務先からAの無断欠勤の通知を受けたY1が警察に連絡し、貸室の施錠用チェーンを切断して立ち入った警察官が、縊死しているAを発見した。
 事件から3ヵ月後、Xら(X1、X2)は本件土地建物を2000万円で訴外Bに売却した。
 平成28年10月、Aの自殺は債務不履行および不法行為に該当するとして、X1が連帯保証人であるY1に対し、債務不履行による貸室の修理・リフォーム費用、室内クリーニング費用12万円余、賃料相当額468万円余の損害賠償を連帯保証契約に基づき保証履行請求すると共に、Xらが本件土地は約5割減かする損害が生じたとして当該原価1340万円余を、Aの相続人たるY1とY2に対し支払いを求め、提訴した。

2、判決の要旨

裁判所は、次の通り判示し、Xらの請求の一部を認容した。

(1)賃借人は単に物理的破損・汚損の無いように貸室を管理するだけでなく、心理的嫌悪感を生じさせるような自殺行為に及ばないことも、善管注意義務の一内容である。Aが貸室内で自殺したことは賃貸借契約上の債務不履行を構成し、連帯保証人であるY1は、その損害賠償債務について保証義務を負う。

(2)Aが賃貸目的物でもない建物全体やその敷地について賃貸借契約に基づく善管注意義務を負う理由はない。Xらは賃貸借契約上の保護義務が、建物賃貸人ではないX2の建物敷地共有持分にも及ぶ旨主張するが、Aが賃貸借契約関係に無いX2に対して、賃貸借契約上の債務を負う理由は無い。

(3)Xらは、本件土地建物の土地については取引相場から5割減価が相当とした仲介業者の査定に沿うようにして売却したが、共同住宅の一室で自殺事件が発生した場合に、事件後まもなく所有者が土地建物を売却することが通常一般的に発生する事とはいえず、また事件当時にAが、それを予見できたとは認められない。そうすると、土地建物の事件前の価格と事件後の価格の差額は、事件と相当因果関係がある損害とはいえない。

(4)Xらは心理的瑕疵による影響は長期間に及ぶと主張するが、過去の入居者たちの入居期間の実績は短期(1~3年)であること、立地条件や事件性等の事情からは、影響は比較的短期間であるといえる。

(5)Aが貸室内で自殺したことは、建物所有者であるX1との関係で不法行為は成立するものの、土地所有者にすぎないX2との関係では、不法行為は成立しない。

(6)よって事件と相当因果関係の認められる損害は、賃料収入に係る逸失利益が当初1年間は8割程度の減収、その後2年間は5割程度の減収が庄司津と考えて77万円余とし、貸室の修理・リフォーム費用、室内クリーニング費用12万円余の計90万円余を認容する。

3、まとめ

本件ではY1が控訴し、過失利益算定で賃料に含めた共益費の2分の1は控訴することとした以外は、原審判断と同様になった。

本件判示中で「賃貸目的物でもない建物全体やその敷地について賃貸借契約に基づき善管注意義務を負うと解すべき理由は無い」、「賃貸借契約関係にないX2に対して、賃貸借契約上の債務を負う理由はない」としている点は、実務上の参考になる。

共同住宅の貸主(所有者)が、貸室の一室で自殺事故が発生したことによる損害として、土地建物全体の減価額や、他の貸室の賃料減額を主張して、連帯保証人・相続人に賠償を請求した事例はいくつか見られるが、認容された例は見受けられない。

共同住宅の一室のバルコニーで発生した自殺事件が他の貸室の賃料や駐車場使用料にも影響したとして、建物全体のリフォーム費用を請求した貸主の主張を棄却(仙台地裁 平成27年9月24日判決)した事例や、自殺事件が発生して隣室居住者からの賃料減額要請に貸主は応じたが、逸失利益として認めなかった(東京地裁 平成26年8月5日判決)事例などがある。

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※事例に関する質問には応じることが出来ません。また、上記は執筆時点での事例の内容・判決です。その後変更している場合がございます

★次回予告

5月23日(火)に「月刊不動産流通2019年5月号」より「まちの履歴書」をお届けする予定です。


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