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風吹く丘、千年動く伝統の風車

 イラン北東部の村、ナシュティファ―ン。

 イラン第二の都市にしてシーア派の一大聖地・マシュハドから直線距離にして南に約250km。さらに東に約30km進めばアフガニスタン国境にぶつかる、イランの最果ての地にある人口7,000人程度の村である。

テヘランからナシュティファーンへ

 さて、僕はしばらくイランを旅している。北に接するトルクメニスタンから陸路で入国し、前述のマシュハドから主要都市及び辺境を時計回りに回り終え、マシュハドから西に1,000km離れたイランの首都のテヘランに到着していた。
 ひと段落つき今後のルートをチェックしていた際に、友人が以前教えてくれた記事「タイトル:千年動いたイラン伝統の風車、存続の危機に」を思い出し、僕の旅は再度振り出し地点のマシュハドに戻ることになった。

 戻った理由は三つある。
 一つめは、マシュハド近郊のナシュティファーンの風車を見たいから。千年前に作られた世界最古のウィンドミル(製粉用風車)はどのようなものか。水平軸の縦向き風車が出来る前に作られた、垂直軸の横向き風車の構造はどうなっているのか。
 二つめは、ナシュティファーンの風を感じたいから。ナシュティファーンの地が「嵐のとげ」という意味を持つのだが、風車開発に至らしめたエネルギーを持つこの地の風は如何なるものか。
 三つめ、これが一番大きな理由であるのだが、ナシュティファーンの生きた文化を感じたいから。現在、千年続く風車のメンテナンスの担い手が最後の一人(ムハンマド・エテベリ氏)となり、しかも高齢となってしまった。若者は重労働であるメンテナンスの仕事をやりたがらない。従ってこの地の生きた光景がいつまで見られるか不透明である。翻って千年前の人類の叡智を集めたプリミティブで貴重な活動を見ておかねばならぬ、という使命感に駆られ、即決で訪問を決めた。

 一日かけて1,000kmの砂漠を電車で駆け抜け、さらに半日かけて高原と砂漠の中をバスや乗り合いタクシーを使い駆け抜けて、アフガニスタン国境付近のナシュティファーンへ向かう。

ナシュティファーン

 平坦な砂漠の中を走らせてると、ぼんやりとナシュティファーンの村の輪郭が見えてきて、近づくにつれ徐々にその輪郭ははっきりし立体感を帯びてくる。村の南端で、南から北に吹くこの村の一番風が当たる位置に、目的の風車の集落があった。遮るものが何もない、強い風が吹く中、僕は丘を登る。
 2002年にイラン国内の遺産認定されてから整備が進んでいるのだろう、場所自体は辺境であるが施設はとても綺麗だ。

千年の時をひょいと超えて僕の前にその姿を現した。三十基ほど連なる風車群は壮大

 風車の仕組みはこうだ。これは正面(南)からの写真であるが、この地は南から北へ常に風が吹いている。正面は全開、一方で背面(北)は右半分の半分(西)のみ開いている。したがって風は勢いをつけて風車の右の四分の一にあたる通気口を抜け、羽根車は時計回りに回る。

背面(北)から見た風車。各基の通気孔が見える

 風車の下には石臼を引くための部屋がある。
羽根車が回転し、その動力エネルギーを利用して次に石臼が回る。石臼の下には小麦を置けば、小麦は石臼に挽かれて小麦粉になる。

風車の下の部屋。風車の軸下部と石臼が見える

つまり、この地では、風が吹けば小麦粉ができるのだ。

羽根車と中心の柱

風車近景

夕暮れ時、太陽は街と風車を紅く染める

外灯の光を浴びる夜の風車、静まり返る街

風舞う丘から見たナシュティファーンの村

翌朝、街をさる前に撮影した全景


さいごに

 今回訪れた10月下旬には風車は稼働していなかった。この地に強い風が吹くのは夏(6ー9月)の年間約120日である事を、この地に来てから知ることとなった。それでもそこそこ強い風は吹いていたのだが…。何しろこの辺境の地の情報がなかったから、このようなハプニング自体は仕方ない。
 当初目的の三つ目は完全には果たせなかった。2019年10月の訪問時点で83歳になるムハマド・エテベリ氏も訪問時は静養中で会えなかった。しかしながら、博物館等ではなく、現役稼働中の風車を辺境のナシュティファーンで現物を風を感じながら見れた事は、大変に感慨深い事であった事に加えて、偶然にも灌漑施設(カナート)をこの村で見れた。したがって遠くから来た甲斐は存分にあったといえよう。それでは次なる目的地カスピ海を見に、テヘランに戻るとする。

地下用水路カナート。地理専攻は大歓喜

それでは。以下は余談です。


余談1:ナシュティファーン宿情報
 観光客皆無、ロンプラにもgoogle mapにもmaps.meにも掲載されていないこの地の宿情報を載せてほしいと、最近宿を作ったばかりのオーナーに言われたので載せます。
 Pouryaghub Ecological Residenceは風車の集落から徒歩1分、とても清潔で広い部屋、庭のチャイハネ、清潔なトイレとバス、朝食付きで値段もリーズナブル。Instagram: Puryaghub で検索するとヒットします。


余談2:イランの物価事情'19

 ところでイランのバス、電車、タクシーは、アメリカの対イランの経済制裁が引き起こしたインフレを主要因として大変安価で乗ることができる。テヘラン⇔ナシュティファーンは陸路往復は分かりやすく言えば東京⇔鹿児島間の陸路往復の時間や距離に匹敵するが、往復たった3,000円程度。なぜそこまで安いのかというと、イランは世界有数の産油国であり、ガソリン1L10円、かつ人件費水準も安いため移動コストは安いのだが、直近2-3年で3倍程度のインフレが起きた影響で外国人にとってイランの国内移動は一段と安くなった。
※ちなみに他の費用はといえば、宿はドル払い、輸入品はインフレに伴い小売価格はじわじわ上昇、食料品は便乗値上げをしているため、我々はインフレの恩恵をそこまで受けない。



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